葉と賢木の話、大人(腐女子)向け。
■猫不在 no cat■
夜勤を終えて部屋に戻ると、マンションの上層階特有の強い風が部屋の中を吹き回っている。
居間の窓だけは鍵をかけない主義だが、それは時折遊びに来るどこぞの猫や迷い鳩などの動物たちを迎えるためのもので、せいぜい10センチ開いているかどうかというところだ。
なのに今の賢木の頬を嬲る風はそれどころではない。
用心して居間の電気を点けると、意外というか何というか、人影があった。
「お前、パンドラの……!」
人影はソファに座ったままで大きく手を振り、名乗りを上げた。
「藤浦葉でーす。以後お見知りおきを」
最悪である。ある意味、空き巣や強盗のほうがまだ良かった。なにしろ目の前の人間はエスパー犯罪者組織の幹部で、この部屋はESP対策がされているとはいえ、葉ほどの高レベルエスパーの力をどの程度緩和するかは微妙である。振動波を使う葉が本気になったら、下手をするとマンションごと瓦礫にされかねない。一介のサイコメトラにはせいぜいこの場を穏便に済ませるように心がけるくらいしかできることがない。
「何の用だよ」
「んー、ヤブ医者に会いたくて?魔法で夜の部屋に忍んで待ってたみたいな?」
「嘘つけ!つーか、なんで俺の部屋知ってるんだよ!」
「こないだの買い物で会った時、これはチャンスと思ってつけてましたー」
頭が痛い。そういえば、いつぞや洋服を買いに出た時偶然葉と出会っていたのだった。奇しくも同じ服を取り合うという寸劇のような再会をやらかした。確かにあのとき、嫌な予感はしたのだが、その後も何度かよそで姿を見ているから油断していた。まさか住所を特定されていたとは。これは引っ越しも視野に入れないといけないかもしれない。できるならばもっとESP対策の万全な建物に。
ああだこうだと今後の身の処し方を考えていると、ソファから立ち上がった葉が近づいてくる。
「アンタが悪いんだよ?」
「はぁ?」
「部屋の窓開けてるんだもの」
「それはだな、どっかの猫がたまに入って……」
「まるでさ」
賢木の言葉を遮って葉が更に一歩踏み出してきた。
「誰かが来るのを期待してるみたいだよね」
一歩寄るごとに一歩退って慎重に様子を見るが、やがて居間の壁に背中が当たる。
「はいもう逃げ場ないね。どうするよ?」
「……何が狙いだ」
「よく聞いてくれました」
葉がにっこりと笑うと賢木の身体が宙に浮く。葉の超能力によるものだ。やはりこの部屋のESP対策の効果には疑問がある。
「うわっ、なんだ!?」
そのままソファへと沈められる。だが身体をソファに預けてなお、葉の力で身体の自由はきかない。
「こないだはさ、中途半端だったからさ」
「こないだって、お前……っ」
先日出先で葉に襲われた時のことを思い出すと、頬がかっと熱くなる。なんとなくこの先の展開が見えてきた。
「やめろ、変態っ!」
「うわぁ、傷つくなー」
これっぽっちも傷ついた様子などないままに葉がソファに身を被せてくる。
「それとさっき、会いたくて来たっつったら嘘だって言われたけど、嘘じゃないから」
「……っ」
身体に力を入れて葉の超能力をはねのけようとするが、賢木の力ではどうにもならない。いたずらに体力を消耗するだけだ。賢木は観念して目を閉じる。
「本当に会いたくて来たんだって、教えてあげるよ」
葉の手がシャツの内側に滑り込む。不快感は不思議と感じなかった。
抵抗を諦めた賢木が考えているのはただ一つ、いつも開いた窓から入ってくるどこかよその猫が、この男の滞在中にやってくることがありませんように、ということだけだった。
<終>
-----
お題:「夜の部屋」で登場人物が「開く」、「魔法」という単語を使ったお話を考えて下さい。
葉賢葉でございます。かけ算の順番は皆様のご想像にお任せ致します。
拍手&コメント大歓迎です。
お返事
お返事