■ハイヒール pumps■
女性の買い物は長い。
経験として知ってはいたが、真木はうんざりした気持ちを持て余していた。
確かに二十歳の誕生日に何でも買ってやるとは言ったが、ショッピングモールであれがいい、これもいいと目に付く店のことごとくに入ってはなにやら店員と話をして買う物を決めて戻ってくる。はじめの頃は乞われるままに似合う、だの似合わないだのと忌憚のない意見を言っていたが、似合わないと言うたびに店員と紅葉の両方から睨まれるのにすっかり辟易して、今は店の前で待ち、購入が決まると支払いに行く、という形になっていた。
「真木ちゃーん」
靴屋の扉ごしに声をかけられて頭を上げると、紅葉が嬉しそうに手を振っている。
「これ、買うことにしたから。よろしくね」
しかしその手には何も持っておらず、よく見ると今まで履いていたスポーツシューズがヒールの高いパンプスに変わっている。
一つ小さなため息をついて、真木はカードで支払いを終えると、手に持った紙袋の重さを噛みしめながら紅葉に質問した。
「そろそろ気が済んだか?」
「何が?」
「買い物。まだ何か買う物があるのか?」
「まだインナーと靴しか買ってないわよ。コートもブーツも買わなきゃ!」
まだ他の靴屋と洋服店に行く気があると告げられて、左手に持った紙袋が重さを増した気がした。
「嫌そうな顔しない。これでもアクセは自重したんだから、褒めてもらいたいくらいだわ。それとも、カードの残金が足りない?」
「カードについては紅葉が気にすることはない。時間もあるしな」
「じゃあ、いいじゃない――きゃっ!」
「紅葉!?」
紅葉が姿勢を崩したかと思うと、その場に屈み込んだ。
「どうした、紅葉」
「靴のヒール、側溝の蓋の穴に入れちゃった」
立ち上がって肩ごしにパンプスを見ていた紅葉が嘆く。
「あっ、ヒールに傷がついちゃった」
言われて目線の先を辿ると、たしかにヒール部分に大きく引っ掻いたような傷がついている。
「ごめん、真木ちゃん」
「慣れないものを履くからだ。それより足のほうは大丈夫か?捻挫なんかしてないだろうな」
「あたしは大丈夫。あーあ、せっかく買ってもらったのに……」
「気にするな。それよりも、さっきからふらついているぞ」
靴屋を出てからずっと、紅葉の歩き方が妙である。
「疲れたか?」
「ううん。履き慣れてないから歩き辛いだけ。ね、こっちの道を通って行こう」
紅葉が指さしたのは小さな公園だ。たしかにそこを突っ切るとモールの反対側に出る。が。
「帰るのか?」
「うん、そうする」
悄然とした紅葉が、ヒールを少し引きずるような歩き方で真木についてくる。
真木は空いている右手で紅葉の左手を取ると、引っ張るように先を歩く。
「真木ちゃん?」
「握っててやるから、転ぶなよ」
「……うん」
サングラスに手を添えて俯いた紅葉の表情は見えなかった。
公園に入って遊歩道を歩いてしばらくすると、ふいに紅葉がクスクスと笑いはじめた。
「なんだ、紅葉」
「真木ちゃん、いたわってくれるのは分かるんだけど、もうちょっとゆっくり歩いてくれないと」
「あ、ああ」
言われてみれば、靴を履き慣れていない人間にしてみれば少しペースが速かったかもしれない。いったん足を止めると、紅葉が繋いだ手を腕に廻して抱きついてきた。
「どうした、紅葉」
「こっちのほうがいいじゃない?なんか、らしくて」
「らしい?」
何らしいのかは紅葉は教えてくれなかった。ただ機嫌良く笑っているのを見て、連れてきて良かったと漠然と思う。いや、連れられてきた、が正しいか。
「行くぞ」
「はーい」
なおも笑顔を隠さない紅葉の頭を撫でたいと思ったが、それはできない。真木は手に持った荷物を呪いながら、ゆっくりと公園の中を歩いていった。二人、同じ歩調で。
<終>
-----
お題:「夕方の遊歩道」で登場人物が「手を繋ぐ」、「靴」という単語を使ったお話を考えて下さい。
本誌(ネタバレ)でさー、紅葉がやられるのを見て、兵部の制止をきかずに攻撃して見事に返り討ちにされるという真木さんのうっかりっぷりがさー、かわいらしくてたまらないのよねー。
いつも拍手&感想ありがとうございます!
お返事