■寒気 have a cold■
寒さに震える身体を引きずってマンションに戻り、真っ暗なリビングの電気を点けると、今日もまたソファに座る人影があった。
「よう、ニーさん」
「電気ぐらいつけろよ」
「あれ、つけていいの?」
玄関に靴はなかったので、おそらく窓から入ってきたのであろう客人――葉は涼しげな顔をしている。
部屋の窓はいつも開けてある。別に葉のためではない、そのずっと前からの習慣だ。
賢木はカギの開いた居間の窓から部屋の中にやって来る者を拒んだことはない。猫や、時に鳥が部屋に入ってきていたこともあった。葉にはそこにつけこまれたような気がする。
「なんで部屋の明かりをつけちゃ駄目だと思うんだよ」
「女同伴で帰ってきたら先に明かりが――なんて、修羅場フラグだと思うけど」
「別にお前がいることを隠したことはねーよ」
もっとも誰にも話したこともないが。そもそもそんな事態はありえない。
「俺は部屋に女を入れない主義なの」
「窓から来るのはいいのに?」
「こんな階の窓から出入りできるのはお前ぐらいだ」
「残念だったね、美女じゃなくてさ」
「ああ残念だよ、本当に」
本当、という言葉に力を込めて、葉の座っているソファの向かいに荷物を投げ出し、自分も脇に座る。
「ところでお風呂にはいりたくない?」
「は?」
唐突に言われて賢木は面食らう。葉は楽しそうな悪戯そうな顔でにこにこと笑っている。
「この間風呂に入れてもらったから、お礼に湯を張っておいた」
「そう、か」
突然の善意にどう反応したものかわからず無口になる。そのことについて考えるのもおっくうで、そういえば今日は仕事中もずっと怠くて仕方なかったことを思い出す。風呂にでも入ればしゃっきりするかもしれない。
「意外に義理がたいとこもあったんだな。――もう少ししたら入るよ」
「あれ?今じゃなくて?」
「今は、ちょっと寒いし、部屋が暖まってからな」
「え?エアコンは普通についてるけど……そういえばニーさん、顔色悪くない?」
「は?」
思わず顔に触る。自分でサイコメトリしてみると、熱があった。
――情けない。医者の不養生とはこういうことか。
あまりの自分の情けなさに気が立って、葉に隠すようにソファから立ち上がる。
「気のせいだ。――風呂に入る」
「ちょっと待てよ。ンな真っ青なくせに何言ってんだよ。倒れるぞ」
葉が駆け寄ってきて腕を引っ張られると、賢木は容易くソファに倒れこんだ。葉が巻き込むようにして押し倒したのだ。
「なっ……」
「じっとしてて」
賢木にそう告げると葉はリビングを出て行く。一瞬寂しさを感じてその背中を見つめてしまい、そんな自分に愕然とする。
自分は、葉を求めている?
問いかけに答えの出ないまま葉が再び姿をあらわした。手には毛布を持ってきている。
「これかけて、休んでて。今なんかあったかいもの持ってくるから」
そう言ってキッチンのほうへと向き直った葉の服の端を咄嗟に掴む。
「……ニーさん?」
「ここにいろ」
「へ?」
今度は賢木が葉の手首を取って自分の方へと引き寄せる。
「カイロになれ」
「そりゃ、俺はいいけど……」
葉は賢木の態度に面食らっているようだった。無理もない。自分でも驚いているくらいだ。こんなに心細い思いをするのは。誰かのぬくもりが欲しいと思うのは。
賢木は葉の身体を引き寄せ、狭いソファに二人寝ころんで上から毛布をかける。
「満足?」
至近距離から見る葉の青い瞳が、不安の色に揺れている。
「今はこれでいい」
賢木がそう言って頷くと、葉は少し安心したらしい。賢木をくるむように抱きしめる。
「……あったかいな」
「ならよかった」
ただ二人寄り添っているだけなのに、驚くほど暖かい。触れ合ったところから寒気が溶けていくような気がして、賢木は目を閉じる。
そうだ、身体が温まったら二人で風呂に入るのも悪くないかもしれない。そんなことを考えながら。
<終>
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題材[真っ青な,義理,隠す,気のせい]
お風呂えっちまであと少しの二人。
お返事