■笑顔の威力 smile■
都内に複数あるパンドラのアジトのひとつにリムジンが用意されているのは、真木の趣味だった。
アクセサリだのバイクだのクルーザーだのと、葉あたりから見ても真木は案外趣味が多い。そしてそのひとつひとつをとても大事に扱う。MP3プレイヤーを年に一度のペースで買い足していく葉とは、趣味――コレクションとはいえどニュアンスが違うとも思う。
『脱走してきたからさ、迎えに来てくれないかな?』
唐突に兵部が迎えに来るよう指定してきた場所から最寄りのアジトにリムジンが格納されていたのは幸いだった。この車は賓客を、もっぱら兵部を運ぶために用意されている。真木の趣味は実用的なものが長じた類のものがほとんどだ。
そのリムジンを早朝の市街地を縫うように真木が運転し、助手席には葉が座る。紅葉はリムジンの後部座席で座るべき人を迎えた時のための用意に余念がない。なにしろ急な話なので、走りながらでも準備しないと間に合わない。
やがて兵部の指定した都内某所の駐車場で、朝の光に照らされて立つ学生服姿を葉が見つける。
「あれ!あれ少佐じゃねーの?入り口の脇の……!」
「の、ようだな」
真木が落ち着いた口調で、でもいつもより少しあわただしくブレーキを踏んで減速すると、リムジンの後部座席のスモークガラスごしの紅葉からでも、それが十年間再会を待ち望んでいた人であることがわかる。車が停まり、後部座席のドアを開けようかと手を伸ばした時にはバンバン、と真木と葉の二人がたてつづけに飛び出していって兵部を囲ってしまったので、登場のタイミングを逸してしまった紅葉はドアから一番近くに席を移す。「仮にも脱走直後だから人目につかないように」「娑婆の空気にあてられる前に一度アジトに戻ろう」などと男性陣の声が聞こえる。そうだね、と答える兵部の声が耳に心地よい。うっとりと久方ぶりの声音に酔っていると、唐突に後部座席のドアが開けられて、にゅ、と兵部が顔を入れてきた。脇で真木がドアに手をかけて開いたままにしているのが見える。葉は助手席に戻ったようだ。
「久しぶり、紅葉」
「そうね、久しぶり……本当に」
何か余計なことを言えば泣き出してしまいそうだったので、それきり黙ってしまうと、兵部が車内に入ってきて紅葉の隣に座る。と、ふわりといい香りが漂ってきた。
なんだろう、と思うと同時に、目の前の兵部がにっこりと笑う。よく見ると後ろ手に何かを持っている。それを紅葉へと差し出した。
「綺麗になったね紅葉。――花がよく似合う」
手渡されたのは花束だった。兵部の好きそうな、華美すぎず地味すぎない色合いで統一された、少し小降りの花束。
「待たせてごめん」
申し訳なさを前面に出した儚げな瞳で笑われると、紅葉は限界を感じて、花の香りを嗅ぐ時のように花々に顔を埋めた。
「他の子達にはおみやげを準備してたんだけど、どうしても君が喜びそうなものが浮かばなかったんだ。だから、女性には花が一番だと思ってね」
兵部の言葉と、たちこめる花の香りに包まれて、紅葉は少しだけ涙を流した。
「ありがとう、それに……」
零した涙を拭うと、顔をあげてにこりと笑う。その目尻からまた涙がこぼれ落ちるけれど、今日はそんなことは気にしない。だってこの涙は、再会に喜ぶ、嬉しい涙なのだから。
だから笑おう、この花々のように美しく。
「――おかえりなさい、少佐」
そして花々よりもあでやかに。
朝日の中、兵部が少し照れくさそうに破顔するのを見て、紅葉は自分の笑顔が花々のそれに競り勝ったことを知った。
<終>
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お題:「朝の車内」で登場人物が「再会する」、「花」という単語を使ったお話を考えて下さい。