■朝焼けの前に morning glow■
ベッドの軋む感覚はあった。そしてまどろみの中しばしの時が流れてから、すぐ隣にあったはずの重みが忽然と消えてはじめて葉は瞳を見開いた。
ホテルの一室、遮光カーテンがきっちりと閉まっているのを別にしてもまだ暗い。朝の4時くらいだろうか。
視線を落とすと、同じベッドで眠ったはずの兵部の姿がない。手で探るとまだ暖かい。ドアが開いた気配はなかったから、テレポートでどこかへ移動したのだろう。
「まったく、ジジイめ、早朝徘徊かよ。勘弁してほしーな」
憎まれ口を叩くものの、兵部が何処に行ったのかなどわかるはずがない。脱ぎ捨ててあったシャツとジーンズを手早く着込むと、窓を開けて周囲を探るが、暗さも相まって兵部らしき影を見つけることができない。
「ちっ」
兵部とて子供ではないのだから、何も葉が心配しなくていい。わかっていても、起きてしまった以上は探すことにしようと、窓の桟に手をかけると、そのまま超能力で外へと浮かび出た。
とりあえず、星座に誘われるように上空を目指す。困ったときは上から探すのはセオリーだった。が、星座に手が届くより前に、ホテルの屋上であっさり兵部は見つかった。バスローブを羽織っただけの姿で、給水塔に腰掛けて空を見ている。
「ジジイ」
「何だ、葉」
隣に降り立つと、兵部は目線を上に向けたまま声だけで葉に答える。
「何だじゃねーよ。驚くだろ、突然いなくなったら」
「寝汚い葉のことだから起きないと思ったんだけどなあ」
寝汚いは余計だ。それに、つい昨日だって兵部は誰にも何にも告げずに行方不明になって、葉が探し当てた時にはなんと敵中――ザ・チルドレンの任務に混ざっていたのだ。いつまたバベルに捕まるとも限らないのに。
「またザ・チルドレンのガキどもの寝顔でも見に行ったのかと思うじゃん」
また、に力を入れて精一杯嫌味を言うと、兵部は苦笑いする。
「君ね、僕をロリコンか何かと勘違いしてないかい?」
「面倒みてた子供に手を出すのは前科があるじゃん。ほっとけねーよ」
「……それはどうも」
兵部が苦笑いするのが伝わってくると、葉はしばし沈黙した。言いたいことがたくさんあるような気がしたが、どれ一つとしてまっとうな形を成すことはなく、もどかしさで兵部の肩を掴んで引き寄せる。
「葉?」
「ったく、なんてカッコしてんだよ」
素肌にバスローブだけを羽織って素足で屋上にいる兵部の姿は、昼間だったらさぞ目立っただろう。葉が自分の手で隠すように抱くと、兵部が言葉で応えた。
「ごめん。星を見たくなって」
「星?」
「うん」
抱き寄せた手を緩めて、葉は兵部の目線を辿る。空の一角を視界におさめると、遠くの空は太陽が昇り始める色を刷いている。
「太陽が出てもさ、星は普通にそこにあるのに、明るさにかき消されて見えなくなる。その前に、今の星座を見ておきたかったんだ」
「……ふぅん」
兵部はもしかして、これから登ろうとしている太陽をザ・チルドレンのパンドラのリーダーになった姿とでもとらえているのだろうか。だとしたら己は消え入りそうな星の光に過ぎないとでもいいたいのだろうか。
時々兵部はこんな言い回しをする。中心をさらけだすようで、でもはぐらかすようでもある言葉の羅列。
そんな時葉はいつも話題を変えることにしている。できるだけライトなほうへ。
兵部の視界を遮るように抱き直すと、兵部は抵抗こそしないものの受け入れることにはとまどいを感じているらしかった。でも葉の知ったことではない。兵部の首筋から顎を撫で上げて、次に鎖骨にまでゆっくりと指先で撫で下ろす。
「慰めてよ。俺より星を取ったおわびにさ」
「即物的だね、葉は」
「嫌い?」
葉が手を止めると、兵部がくすりと笑う。
「そんなわけないだろ。大事に面倒みて育てた子供だよ?」
ザ・チルドレンの三人より?言えばまた苦笑いさせてしまうだろう。けれどパンドラにおいて他にここまで言及できる者はそういない。兵部の胸に釘を刺す役を、誰かがやらねばならぬならば自分が担うべきだろう。
でも今は言わないでおこう。今は二人のことだけ考えていてほしい。
「部屋に戻ろうか、葉」
「うん」
チルドレンもバベルも忘れて、二人のことと、あとは、星座のことぐらいを考えさせておけば、それで十分。そのくらいがきっとちょうどいい。
テレポートする直前の空は赤く朝焼けに染まり、星々は最後のきらめきを投げかけていた。儚く、淡く。
<終>
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お題:「早朝の部屋」で登場人物が「なぐさめる」、「星座」という単語を使ったお話を考えて下さい。
ちょっと「夕焼けの後で」の続編ぽくしてみました。
兵部が何故星を見ていた(見たくなった)のか、をうまく説明できなくて心苦しいことこの上ない。
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