■メリー・ポピンズ Mary Poppins■
近頃少し、ツイてない。
賢木は夕方の駅で、空を仰いで睨み付ける。
まだ雨は降っていない。だが雲は重く垂れ込み、傘のない賢木にはこのまま走ってマンションまで戻るか、売店で傘を買うかの選択肢が残っていた。
「ええい、男らしくない」
風邪から体調が回復したばかりで雨に濡れるのはシャクだったが、振らないかもしれない雨のために傘を新調するのも馬鹿らしかったので、徒手で駅を出る。
と、途中の並木道で雨が降り出した。家と駅との丁度中間地点だ。
そこに、傘を差して空中から降りてきた人影があった。
あまりに詩的な風景だったのでどこのメリー・ポピンズかと目を凝らすと、ビニール傘をさした葉が木の下に着陸した。
「げ。鳥頭」
つい反射的に逃げようとすると、葉が声をかけてきた。
「ひどいなニーさん、せっかく傘に入れてあげよーかと思ってたのに」
葉は傘を差し出す仕草をするが、賢木は雨に濡れながらも一歩後退った。
「お前が来るとロクなことにならん」
「まぁまぁ、風邪はもう治ったんでしょ?」
「またひきそうだ。お前のせいだ」
「だから傘に入れてあげるってば」
「男と二人で相合い傘なんぞゴメンだ!」
決定打になるかと思われた一言を賢木が発したが、葉は意に介さず傘を賢木に押しつけると自分は雨の中を歩き出した。
「おい、お前――」
「ニーさん忘れてるかもしんないけど」
賢木のマンションへの道を勝手知ったるという風に葉が歩き出す。
「俺、ESPで自分に当たる雨をカットできるから。――ほら」
葉が腕を上げてみると、たしかに雨粒一つついていない。
それを見て、傘を突き返そうとしている自分のかたくなさが馬鹿らしく思えて、賢木は溜息をついた。
「……便利だな」
「でしょー。精神感応系のエスパーはこういう時不便だよねー」
「うるさい」
結局二人、肩を並べながら帰路を辿る。
行き先が賢木のマンションなのは、どうやら決定事項のようだった。
賢木はビニール傘越しに空を仰ぐと、こんな日があってもいいかとメリー・ポピンズのことを思った。
――せめて綺麗なねーちゃんだったらなぁ。
賢木が小さく息を吐いたのを、葉は気付かなかったようだった。
<終>
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お題:「夕方の木の下」で登場人物が「逃げる」、「傘」という単語を使ったお話を考えて下さい。
もうこの二人にはさっさとくっついてもらいたくなってきました。