■燃える谷 gorge■
谷間にこっそりと息づいていた悪徳の村。
その村を囲う木々は音をたてて爆ぜ、炎の舌をひろげていく。
「大丈夫か、ジジイ。こりゃもう今更消火しろって言われてもカガリにも無理だぜ」
「いいんだよ、全部燃やし尽くしてしまおう」
この村と住人を取り込んでいた忌々しい因習も、過去も、全て谷間に消えていく。心配そうな葉をよそに、兵部は愉悦すら覚えていた。
「しかし、リアル八つ墓村か犬神家って感じだったわね」
陸の孤島と化した村、首長の因縁、跡取りの秘密、消された隣人、どこかから連れてこられていつのまにかいなくなる使用人たち。紅葉の言葉に真木も頷く。
「こういう言い方はアレかもしれないが、胸くそわるい事件だったな。葉」
「なに?」
「カガリは大丈夫か?」
「そうよ、カガリにはちょっとヘビー過ぎたんじゃないの、今回は特に」
真木と紅葉に問われて、葉はハッとする。カガリはまだ近くにいたはずだが――
「俺、探してくる」
「頼むよ」
兵部もまた頷いて、葉を見送った。
カガリはすぐに見つかった。皆とほど近いところでぼんやりと燃えさかる炎と事の全ての終焉を見届けていた。
「カガリ」
声をかけて近づくと、カガリが葉のほうを向く。その表情は思ったほどには沈んでおらず、葉は軽くカガリの肩を叩く。
「大丈夫か?って、言う方が無理かもしれないけど」
「ううん」
カガリは緩くかぶりを振る。そんな仕草も葉の目からすれば落ち着いて見えた。
「思ったより、落ち着いてんのな」
始末をつけたのは兵部だったが、その後始末に全てを焼き尽くす火を放ったのはカガリだ。
「いいんだ。俺、あいつら気に入らなかったし」
「……そか」
それきり会話は失われる。村を見おろす高台は決して炎が届かないようになっているとはいえ、カガリの頬に炎の揺らめきが当たって、その瞳がまだ赤く燃えているかのようにも思えた。
「葉兄ィだってわかってたろ?俺があいつら毛嫌いしてたの」
声もまだどこか昂揚しているように聞こえる。葉はわざと冷めた言い方を選んだ。
「全員が毛嫌いしてたよ。俺も、紅葉も真木さんも、少佐も、な」
「だから、ざまみろって思う。これって変かな。人が死んでるのにさ」
「……」
否定しても肯定しても嘘があるような気がして、葉は黙り込む。
きっとその答えはカガリが自分で見付けるしかない類のものだ。葉はこのまま一人にしておくのが一番カガリによくないと判断して、もう一度肩を叩く。
「みんなと合流しようぜ」
「……うん」
沈んだ声を聞いていられなくて、葉が振り返ってもと来た仲間達の方へと戻ろうとすると、急に後ろからカガリが抱きついてきた。
それも色っぽいものではなく、どちらかというと頭からぶつかってきたという感じで。
「なっ、なんだよ」
葉が咎めるが、カガリは葉の背中に顔を埋めてそれきり何も言おうとしない。
「――泣いてんのか?」
「……」
答えはなかった。ただ背中に伝わってくるカガリの震えが、葉の考えが正しいことを現していた。
「葉一人でよかったんですか」
「カガリを迎えに行ったのが、かい?」
真木は憮然とする。兵部は真木の懸念などお見通しなのだ。
「葉が行くのが一番なのさ。真木、君じゃだめだし、紅葉でも駄目だ」
「どうしてよ?」
異論を唱えるというよりは純粋にわけがわからないという感じで紅葉が問い返す。
「どうしてって……そうだね、秘密」
「えー!なにそれー!」
「残念だったね、僕も一応彼等のプライバシーくらいは守りたいからね」
「プライバシーの問題なんですか?」
もし迎えに行ったのが紅葉や真木や兵部だったのなら、カガリはきっと素直に自分の想いを誰かに届けることができない。情感が燻ってしまう、それは一番よくないことだ。
だが葉なら。
兵部はこっそりと含み笑う。
「いいコンビになるよ、あの二人はさ。彼等の絆、もしかしたらそれが今回一番の収穫かもね」
兵部がひそやかに笑い続けているので、真木と紅葉はわけがわからないといった風に肩をすくめあった。
<終>
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題材[燃え盛る,谷間,届ける,残念だったね]
絆の力で天下を統べ・・・ではなくて、カガ葉つづきものみたいな。具体的な事件がどんな事件だったのかは各自で補完よろしく!(投げたっ!?)
ぱちぱちありがとうございます!
お返事