■尾行 Shadowing■
二対二の合コンというのは、互いに目当てとなる相手が決まっているものだと賢木は思う。
合コンを企画した女性が皆本に夢中になるのは仕方ないが、もう一人のほうも皆本にばかり質問攻めの集中攻撃で、いつもならそんな状況も面白おかしく脚色して笑い飛ばす賢木だったが、今日はどうもそういう気になれず、結果酒ばかりを煽ることになった。
終始、皆本が賢木に心配そうな顔をしていたのが胸に痛い。
『お前最近、女の子達といても前ほど楽しそうじゃないからな』
前の合コンの後に皆本に言われた台詞がフラッシュバックしてくる。まったくどうしたことか、女の子達と遊んでいても前ほど楽しくない、本当のことだった。
「やべーな、もうお父さんか、俺?」
最近皆本と一緒に住んでいる影チルの面倒を見るのが楽しくて、正直女の子達といるのとは別種の楽しさだけれど、確実にそちらのほうが楽しい。これを枯れてしまったというのではないだろうかと不安になる。が、決して不快ではないところが、深刻なところだ。
台所から蓋を開けたペリエを手に居間に戻ると、ブラインドを落としていない窓の向こうで、ベランダを乗り越える人影があった。
「……お前……」
「や、ニーさん、どうも」
そのままベランダを越えカギのかかっていない窓を開けて入ってくる人影――藤浦葉には罪悪感とかそういったものはないようだ。賢木はわざと溜息をつく。
「俺は今日、ちょっと飲み過ぎて頭が痛い。後にしてくれないか」
「つれないなー」
葉はふよふよと空中を漂っていたが、床の上にあぐらをかいて賢木の服の裾を引っ張る。
「服が伸びる、やめろ」
「じゃあ脱いじゃえ?」
とても放してくれそうにはない。観念して上着を脱ぐと葉に頭からかける。
「ちょっと、ニーさん!」
視界を失った葉の傍らで賢木もあぐらをかいてどっしりと座り込んだ。
「?」
「聞いてくれ」
葉は賢木の上着を剥がして、ちょうど抱っこするようにしながら賢木の目を見る。
「なに?もしかして……振られた?」
「っ……!うるせーな!ちげーよ、いや違わないけど、俺は別に好きでもなんでもなかったっていうか!」
「でも振られたんでしょ。あー、あれだ、あのチルドレンの主任がモテすぎて空気になっちゃったとか!?」
「うぐっ……」
痛かった。そのものズバリだった。
「いい男だもんなー」
「くっ……?」
また絶句してしまった賢木の膝に、葉が手をあてて身を乗り出してくる。
「?」
「いやー俺今日いいタイミングで来たと思わない?」
「何が」
葉はそのまま賢木のほうへと身を寄せると、その顎を掴んで上向かせた。
「慰めてあげるよ?」
正面から見据えられて、顔をそらすことも目線をそらすこともできない。
「嫌なら、ふりほどいていいからさ」
そんなことが出来るはずがなかった。
葉が瞳を閉じる。顔が――唇が、近づいてくる。突き飛ばすこともせずにそれを受け入れようとしている自分に、賢木は戸惑っていた。戸惑いながら、従うしかなかったのである。
「あー、星が綺麗」
今日は空気が澄んでいるのか、星座がよく見える。
「ニーさんったら、押しに弱いんだから」
葉は今日、賢木の身に何が起きたのかを知っていた。たまたま道で飲みからの帰りに男女四人で歩いているのを見かけ、会話が聞こえる程度の距離を尾行してきたのだ。
もちろん、その中の女と仲良くご休憩、なんてことになったらぶち壊すつもりでいたのだが。
「意外と、悪い気はしてないのかな……?」
強硬に断られたことがないので、ついそんな風に思いたくなる。
いや、思ってもいいだろう、今日ぐらいは。
葉は空を飛んで帰路につきながら、一人ほくそ笑んでいた。
<終>
-----
お題:「深夜の床の上」で登場人物が「振られる」、「星座」という単語を使ったお話を考えて下さい。
葉ちゃんがちょっぴりむっつりすけべになりました。
お気に召しましたならぽちっとな。