■不法侵入 Trespass■
不法侵入者はいつも、居間の窓からやってくる。
猫であれ鳥であれ鳥の巣頭であれ。
賢木が目覚めのシャワーを浴びバスタオルを腰に巻いて廊下へ出てくると、開いたままの窓から、最期の鳥の巣頭が居間に侵入しようとしているのが見えた。
「よう。ヤブ医者」
「……また来たか、鳥の巣頭」
片手に靴を持ちもう片手と足で窓の枠に捕まったポーズのままにっと笑う葉に、賢木は一言返しただけできびすを返して寝室へ向かおうとする。
「ちょ、ちょっと待って、なんでUターンするんだよ」
「他人がいるってのにこんな恰好でうろついていられるか、この鳥頭。少しは自分で考えやがれ」
「ひでぇ!」
賢木の責めに異議を申し立てながら葉は廊下を超能力で飛び越えて賢木の肩を掴んだ。
「なんだ?」
「学習しようとしない鳥頭はどっちだよ、ニイさん」
振り返った賢木に、葉が口角を上げて笑いを贈る。
「猫が来るだかなんだか知らないけど、いつまで居間の窓開けっ放しにしてるつもり?俺が来るの待ってるとしか思えないよね、それって」
「馬鹿か」
吐き捨てて腕を振りほどこうとすると、それより早いスピードで葉が賢木の逆の肩をも掴む。正面から向かい合って、悪戯な光を灯した葉の瞳と目があって嫌な予感がする。こんな時葉はろくなことを言い出さない。
「俺が来て困るんならそんな無防備なことしないよね?違う?」
「……鍵かけてても超能力で破って来るだろ、どーせ」
それはそうだけど、と葉が少しだけ困った表情になる。
「なんでいつも、そんなさめた態度でいられるわけ?」
「……お互いさまだろ」
賢木の言葉に、葉が眉を顰める。と、賢木にはそれが泣きそうな顔に見えた。
何か悪いことを言っただろうか。
遊びの延長のような態度で葉と身体を繋ぐこと数回。互いの気持ちはもうわかりきっていると思っていた。
――暇つぶし。遊び。気まぐれ。
そういった一時のものに違いない。葉がやって来るのも、自分が居間の窓の鍵をかけない事も。
「――それ以上」
「ん?」
「少しくらい、歩み寄ってもいいと思わない、俺たち」
「俺たちって、誰だよ」
複雑な表情を浮かべた葉に、けれど冷たくする以外の接し方が賢木にはわからない。
「俺とニイさん。いつまでこんな遠い距離でいなきゃいけないのさ」
「いつまでって……」
だって葉は敵だ。普通人の廃絶を良しとする団体「パンドラ」の幹部で、自分はそれに敵対する「バベル」の者だ。
気まぐれ以上であってはいけない。いけないはずだ。
それ以上言葉を呑み込んだ賢木の肩を握っていた腕が、賢木の身体を引き寄せて抱きしめた。
「なっ……――ン!」
何をする、と文句を言おうとした唇は葉の唇に塞がれてしまった。
不適切な相手と不適切な関係を持つのははじめてではない。友人の彼女や、人妻。罪悪感や嫌悪感はいつしか麻痺して、今はもう何も感じない。けれどパンドラとバベルの間に立ちふさがる壁はそれより厚く高い。
ふと賢木は自分が不倫でもしているような気持ちになる。誰にも知られてはいけないけれど、だからこそ燃え上がる――。
そうまで考えてその馬鹿らしさに気付く。どうせ葉だって遊びに違いないのだ。ほら、こうやって透視てみれば分かる。
伏せられた葉の瞼を、短いまつげの細かな震えを目にしながら力を発揮して葉の心を読み取る。
驚いたことに、心は閉ざされておらず、その心は丸見えだった。自分が高レベルのサイコメトラだと知られているというのに。
「――っ!?」
そこにあったのはただ一つ。
賢木が欲しい――ひたむきな程に、まっすぐで強い想い。
熱病にも似た焦燥を伴う熱い情念に触れた瞬間、賢木は何も考えられなくなる。
ぶつけあうようなキスはまだ賢木の口を塞いだままだったが、棒立ちになってしまった賢木に、葉が焦燥を隠すことなく舌を侵入させてくる。
――熱い。
最期に考えられたのはその一言だけで。
あとは――賢木は全てを葉に委ねた。
自分の思考を、熱にうかされ停止させたままで。
<終>
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お題:「早朝の廊下」で登場人物が「さめる」、「鳥」という単語を使ったお話を考えて下さい。
鳥というワードが出てくるとどうも葉ちゃんになりがちです。精進します。
拍手ありがとうございますー!励みになってます、とっても!
お返事