■プロポーズ ring■
きっと恋をしていた。
『あたし、真木ちゃんのお嫁さんになろうかな』
あれはおそらく恋だったのだ。自覚がなくとも。自分にも真木にもそのつもりはなくとも。それでも恋だったのだ。
夜中の歩道橋を子供三人で歩く。真木と葉と、そして紅葉。葉は疲れ果てて小さな手を引く真木に半ばよりかかりながら階段を登る。
「まったく葉の奴、まさか公園から動物園まで歩いていってるなんて……」
「けど真木ちゃん、よく動物園だってわかったわね」
「この間少佐があそこの動物園の話をしたんだよ。ゾウがいるんだよって、でも自分は好きじゃないからいつか自分で行けってね」
なるほど兵部らしい言いぐさだ。が、まだ幼い葉が本気にするとは思わなかったのだろう。三人の住んでいる場所から公園は比較的近かったが、公園から動物園は遠かったから。
「葉も無駄に行動力あるな」
「しろうに褒められた!」
「褒めてる……のかしら、今のは。まあいいけど」
無邪気に喜ぶ葉に紅葉は小さく息を吐くと、三人が歩道橋を降りるのを見計らって真木に提案をした。
「ねえ真木ちゃん、あたし喉が渇いた」
そう言って角のコンビニを指さしたのだった。
「あ、いいな。俺もちょっと喉が乾いた。葉は?」
「そうでもない、けど寄ってあげてもいいよ」
胸をそらした葉に紅葉は頬を緩めて笑う。
「なんでこう無駄に偉そうなのかしらね」
「少佐の影響かな……」
呟いて真顔で考え始めてしまった真木に苦笑を投げかけて、紅葉は明るい店内へと入っていく。飲みたかったのはコーラなので、真っ先にコーラを手に取る。おまけのおもちゃがついていて得をした気分だ。
真木もまたペットボトルのジュースを手に取っていて、葉はお菓子売り場をうろうろしている。さっきまでのぐったりした様子が嘘のようだ。
三人で会計を済ませてコンビニの前のベンチに座る。
「なーんだ、バイクか」
紅葉はコーラより先におまけのおもちゃを開封したが、それは小さなバイクのレプリカだった。
「真木ちゃん、あげる。おまけ」
「ああ、ありがとう。俺にもオマケがついてきたんだけど、紅葉は、これ、要るか?」
「どんなの?」
何やらかわいげなピンクの袋に入ってペットボトルのキャップの首につり下げられていたおもちゃを真木が手渡す。
紅葉がその袋を開くと、中からはプラスチック製の小さな指輪が出てきた。
「すごーい、しろう、もみじにプロポーズ?」
紅葉の手元を熱心に覗き込んでいた葉がプロポーズという言葉を口にすると、残りの二人が固まる。
「プププロポーズじゃない、ただのおまけだ」
「うん、うんそう、ただのおまけよね」
「もみじ、つけてー」
「……わかったわ」
何故か深呼吸しながら紅葉は指輪を指にはめていく。小振りなピンキーリングは、子供の紅葉の左手の薬指にぴったりと収まった。
「かわいい…!」
ため息をつきながら何度も指輪をためつすがめつして見る。ピンクの石のついたオモチャのリング。
「ありがとう真木ちゃん。あたし、真木ちゃんのお嫁さんになろうかな」
頬を染めながら真木に礼を言うと、真木がひっそりと笑う。
「お前、この間もそう言って、あげく少佐に説教たれてたろ?『少佐は恋人にするにはいいけど結婚相手はね』とか言って」
「あら、聞いてたのね」
そして恋する紅葉はぺろりと舌を出して誤魔化した。
あれよあれよという間に十年といくらかの年月が経って。
あれ以来、たとえファッションリングであろうと、左手の薬指にほかの指輪をすることを躊躇うようになった。
口に出して言ってなんてあげないけれど。
バベルのヤブ医者とメガネの主任の誘いをOKして、そのやりとりを見ていた澪が驚いて飛び上がる。
「ちょ、ちょっと紅葉ねーさん、本気ィ?」
「そうねえ」
純情な澪をはぐらかすように紅葉は微笑んでみせる。
「いつまでも妹のままじゃないんだから、ってことかもね」
そして澪はまた頭にクエスチョンマークを浮かべたのだった。
<終>
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お題:「夜の歩道橋」で登場人物が「恋する」、「指輪」という単語を使ったお話を考えて下さい。
真木紅葉の幼いバージョンです。どうぞ。
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