■髪 touch■
ホテルの部屋割りは当然別々だったが、それを告げると葉が不満そうに呻いた。
「わざわざ五時間も新幹線を使って来たんだ、ツインよりもシングルでゆっくり休みたいだろうが」
「そういう問題かよ!?」
真木のフォローも効かない。フロントが目の前だというのに険悪な雰囲気にはしたくないのでことの解決をはかる。
「じゃあどういう問題だというんだ」
「だーかーらー……はいはい、わかった、わかりました、いいですよそれで」
真木の持つ二部屋分のカードキーの片方を奪うように取ると、そのままルームナンバーを確認してエレベーターの方へと行ってしまう。
「なんなんだ、まったく」
ホテルに着くまでの間新幹線に乗って窓際の席をキープして景色を眺めていた葉は、一時間後にはゲーム機に夢中になり、二時間後には車内販売に興味津々で、残りの三時間をあれほど暇だの退屈だの言いながらも早く目的地に着かないかなと言っていたというのに、着いたと思ったら態度がつっけんどんである。
葉と同じエレベーターに乗り損ねた真木だったが、しばらくじりじりとした気分でエレベーターの到着を待つ。当然ながら、葉を運んで戻ってきたエレベーターの中は既に無人だった。
ホテルのレストランに夕食を摂りにきたら、既に葉が席に座っていた。目が合うと手招きされたので素直に向かいの席に座る。
「うまいか?」
「まあまあ」
出先での、特に今回のようなビジネスを目前とした食事は基本的に「餌」に近いと真木は思う。ただの栄養補給。女性陣はそれ――旅先での食事を楽しみにしている節があって、なんともうらやましい。兵部が一緒ならば地元の名産品でもと気を遣いはするが、自分の食べる分となるとジャンクフードとまではいかなくとも、ある程度バランスが取れていたなら構わない。なので、「まあまあ」と言われても特に悔しさも期待もなく真木はメニューを手に取り、定食メニューを注文した。
「……」
「……」
葉は食事中だし、特に話題もないのでぼんやりとメニューを上から下まで読んでみる。何種類か自分でも作れそうなメニューを発見すると写真を眺める、ということを繰り返していると真木のぶんの夕食が運ばれてきた。
「いただきます」
「どうぞ」
「……」
エレベーターの前で別れて以来の葉との会話だが、どうにもうまく糸口がつかめない。
「その……葉、食事が終わったら……」
「何、真木さん」
「……どこか飲みにでも、行かないか?」
大きな体を少しだけ丸めるように乗り出して誘った真木に、葉はしばし考え込むそぶりを見せたが、デザートの杏仁豆腐をスプーンですくいながら答えた。
「残念だけど、俺、やることあっから」
「そ……そうか、わかった」
こんな遠くに来て何をやることがあるのか、と一瞬聞こうとしたが真木は止めておいた。葉にもプライバシーはある。詮索しないのが大人というものだろう。
そう自分に言い聞かせながらも、真木は同時に少しの寂しさも感じていたのだった。
最近のホテルは備え付けの有料の飲み物というものがなくて、なんだか口寂しい。
あのあと食べ終わった葉が先に席を立って、それっきり。真木は食事を終えて部屋へと戻ってきた。まだ夜というには早い。一人で夜の街に繰り出す気にもならない。
「仕方ないか、こういう時は――」
真木はアタッシュケースからノートパソコンを取り出すとビジネスホテル特有の広いテーブルに据え付ける。
「――仕事を片づけるとしよう」
やるべき事はいくらでもあった。パソコンに電源を入れた瞬間に、玄関の呼び出しベルが鳴る。
「葉?」
間違いない。こんな時間にホテルマンが来る理由が見あたらない。そう思って葉の名を呼びながら覗き窓も使わずにドアを開けると、やはり葉が立っていた。
「や、真木さん」
「どうした」
「お酒買ってきたー、飲もうぜ。いいだろ、入っても」
「あ、ああ、もちろん」
ドアを大きく開けると、葉が片手にスーパーの袋を持って入ってくる。
「ビールだろ、それに地元のワインと、一応洋酒も買ってきてみた。あとに適当に惣菜とかも」
袋の中からは葉の言う通り地ビールだのブランデーだのと、つまみの焼き鳥やチーズなどが次々と出て来る。
「なあ」
「ん?」
ビールを部屋に備え付けのグラスに注がれながら真木は葉に尋ねてみた。
「今日は用事があったんじゃないのか」
「うん、あったよ。買い出し」
これがそうだということか。
「別に飲みに出てもよかったんじゃないのか」
「だってそうなったら真木さんの部屋に入る口実がなくなっちゃうじゃん」
「口実なんぞ作らなくても、いつでも迎え入れる」
何のてらいもない本心だった。真木の言葉を受けて葉が頭をかく。
「あー……それはごめん。俺、拒否されると思ってた」
「何故だ」
「だって最初っから別々の部屋だったし、俺と一緒なのが嫌なのかと思ってさ」
「そんな訳ないだろうが」
心外だった。思わずグラスをテーブルに置いてしまうと、葉が息を詰める。何かを言うべきタイミングなのはわかっているが、何を言うべきかがわからない。
「とにかく、そんな事実はない。安心しろ」
ふと気付くと、葉が満面の笑みを浮かべて真木を至近距離から見ていた。
「なんだ」
「真木さんってホント不器用だよねー」
そして遠慮のない手つきで真木の頭をわしわしと撫でくりまわす。
「何をする!」
「真木さんの髪の手触りね、俺けっこう好きだよ。大型犬みたいで」
それは褒められている気がしないし、第一この、葉に頭を撫でられているという構図が気恥ずかしい。
「あと唇」
「え?」
「唇の感触もね、好き。弾力があって、あったかくって。だから、キスしていい?」
ここまで直球で来られると思ってなかったので、思わず後退りしたくなるが、そうすると葉に対して失礼というものだろう、すんででとどまる。
「べ……別に、構わない」
少しだけ声が上擦ってしまったのがわかられただろうか。葉の顔が近づいてくる。
「目、閉じて」
言われるままに目を閉じると、真木の唇に葉のそれがそっと重ねられた。羽のように軽やかなキス。
「……もし真木さんが取った部屋がツインだったとしても俺、嫌だったかも」
葉が遠ざかった気配を察知して、真木が目を開いて尋ねる。
「嫌って、ツインのどこが?」
「だって、ベッドが二つあったってさー、使うのはひとつだし、狭いんだもん。ダブルじゃないと。ね?」
――何が『ね?』だ――。余裕の態度に腹を立てつつも、顔が真っ赤になるのを真木は自分の力では止められなかった。
<終>
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お題:yokoyama_kariさんにオススメのキス題。シチュ:ホテル、表情:「気恥ずかしそうに」、ポイント:「髪に触れる(or触れられる)」、「お互いに同意の上でのキス」です。
葉と真木に挑戦してみたよ!キスお題ったー。
読んでいただけたなら幸いです。
しかしパンドラはホモだらけだな!(誰のせいだ)
読み終わったら拍手!お願いします~。