■猫とマンション Liar's cat■
買い物帰りにドライブ気分で海際の道を通ったはいいが、いつもは大騒ぎする三人がいないとなんだか落ち着かない。チルドレンの三人はこの週末は実家に戻っている。せっかくの休日にこのまま家に戻るのもなんとなく味気なかったので、賢木の住むマンションへと続く道へ皆本は車のハンドルを切った。
インターホンごしに来訪を告げると、眠そうな声で
『来いよ』
とだけ返事があった。どうも寝起きっぽかったが、構わずに賢木の部屋まで上がってくると扉をノックした。
「よう。上がれ」
部屋の主は短パンにシャツ姿で素っ気なく皆本を部屋へと迎える。
「あいかわらずだな、君の部屋は。女の子が見たら泣くぞ」
昨日も飲み会かデートだったのだろう、用を済ませた余所行きの服があちこちにある雑誌の束やらアルコールの瓶やらの上に散乱し、寝室まで続いている。それだけならまだしも、クーラーのきいているリビングなのに窓が開け放ってあるなど、皆本から見ると経済観念を疑いたくなる。
かろうじて空いていたソファに皆本が座ると、顔を洗っていた賢木が戻って来る。
「いーんだよ、俺は女の子は部屋に上げない主義なの。わかってんだろ?」
「あいかわらずだな。しかし、これは女の子の本じゃないのか?」
リビングの上に読みかけの本が置いてあった。ピンクに小花の刺繍が施されたブックカバーがされているのでタイトルはわからない。
「あーそれ?いつの間にか車の中にあったんだよ。ちゃんとサイコメトリしたからどの子のかはわかるから大丈夫。しぶしぶ読んでみたら、うっかり面白くってな、部屋に持ってきちまった」
パラパラと皆本が本をめくると、どうやら大ヒットした洋画の原作本らしかった。
「相手の子が特定できないような生活は若者に相応しくないと思うぞ」
「お前の方が年下なのになんで若者とか言われないといけないんだよ」
言われて少し、説教じみた発言だったかもしれないと皆本も思い当たる。どうも子供達と一緒に暮らしているとこういう物言いをしてしまう。
「わかったよ。お詫びに、この部屋の掃除してやるから」
「ほんと?ラッキー!」
その時、皆本の後ろでニャアン、と猫の鳴き声がした。
「お、よく来たな」
嬉しそうに立ち上がった賢木の目線の先には、長毛種の、艶のある毛並みに縞模様の猫が一匹、開けはなった窓から入って来るところだった。
「皆本、紹介してやる。このマンションの誰かの猫だ。よろしくな」
「女の子は部屋に上げない主義じゃなかったのか?その子、メスじゃないのか?」
「そう、メス。唯一俺の部屋に出入りできる女の子」
榊は猫を抱き上げて嬉しそうに撫でている。猫を目の前にすると、大の男でもこういう仕草をしてしまうのは興味深いところだった。
「素性も知らないのに?」
「あえてサイコメトリしてないからこそ、だ。昨日も泊まっていったんだぞ」
だから窓が開いていたのかと合点がいったところで皆本が立ち上がると、賢木が不思議そうな顔をしながらソファに腰掛けた。猫を抱きながら。
「掃除するから、その子が怖がらないように遊んでやっててくれ」
「ありがとー、ついでにベッドメイクもしてくんねえ?家政夫さん」
「図に乗るな」
「ちぇっ。いいじゃん、どうせすぐ使うんだし」
すぐ使う、と言われて思わず顔を紅潮させてしまう。そんな自分が恥ずかしくて、きびすを返して洗面台に掃除用具を取りに向かう。
「言っておくけど、僕がここまでするのは好きだからだぞ?」
「えっ」
賢木が吃驚した声を上げる。またたき一つの間考え込んで、皆本は慌てて言いつくろった。
「いや、掃除が、だ!僕は家事が好きなんだ」
「あ、そうか、なんだー」
ははは、とわざとらしく笑い会うと、賢木の腕の中で猫がニャア、とそれを咎めるように小さく鳴き声を上げた。
<終>
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お題: 2. 海 80. ブックカバー 47. 猫
初・バベル!お題から連想したのがこういうお話でしたとさ。椎名先生のツイートの「賢木は女性を部屋に上げない主義」という発言が根底にあります。
バベルもいいな、と思った方も思わなかった方も読み終わったらぽちっとな。