■歩道橋 Pedestrian bridge■
泣きじゃくる子をあやすのにも慣れた……と思っていたが、夜の歩道橋という場所はいただけない。
両側の階段から上ってくる塾からの帰り道の子供達には不審がられ、通りすがりの大人達は見て見ぬふりをする。もっとも、「どうしたの?」と問われたならば今以上に困ってしまっていただろう。
泣く子――葉の首からはアクセサリを模したリミッターがつけられており、辺り構わず超音波で破壊しまくるということはないが、こうして持てあましているあたり事実上爆弾に違いはない。
「どうしよう、紅葉。いっそ葉を抱きかかえて空を飛んで帰ろうか」
「ちょっと目立ちすぎると思うわ」
紅葉の言うことももっともだったので真木はますます困惑する。
そもそも葉が泣いているのは、食べかけの棒アイスを落としてしまったというのが理由だった。今日は直射日光を浴びただけで汗が噴き出してくるほどの真夏日であり、日が落ちて涼しくなってから留守の兵部を除いた三人でアイスを買いに出かけた。が、紅葉と真木が食べ終わった後でもまだ残っていた葉の分のアイスが、食べきるまえに溶けて崩れ落ちてしまったのである。
「歩きながら食べるのは駄目だったかもしれないわね」
「そだな。次から気を付けよう。問題は今どうするか、だが……」
ついにその場に座り込んでわんわんと泣き出した葉に、真木は閉口する。気持ちは分かるが、こっちの気持ちも分かってほしいと思わずにいられない。と、その時。
「きゃあっ?」
「ぅひゃあ!」
紅葉と真木が奇声を上げる。紅葉は右の、真木は左のほっぺたに冷たいものが当たったからだ。
後ろを振り向くと、狭い歩道橋上の通路にいる紅葉と真木の背後の中間の位置で、両手にペットボトルを持った学生服姿の少年が立っていた。
「少佐!」
「きょーすけ!」
紅葉と葉が驚いて声を上げた。真木も疑問を素直に口にする。
「いつの間に後ろにテレポートを……」
「たった今だよ。ほら葉、泣き止みな」
その手にあったペットボトルを紅葉と真木に渡すと、ごそごそとどこかから大きな飴を取り出して葉にちらつかせる。
「でも、アイスが……」
兵部はなおも落ちたアイスに目線を向ける葉の顔を両手で挟んで強引に自分に向かせた。
「明日買ってあげよう。今日は飴で我慢できるね?」
我慢しろ、ではなく我慢できるね、と言われると、できると言わないと負けた気になるもので、その心理はこんな幼子にも共通らしく、葉は泣いていた顔を袖で拭くとすっくと立ち上がって兵部の手から飴をもぎ取る。
「約束だよ?明日アイス買って、同じの!」
「はいはい、葉はものわかりの良い子だね、約束は守るよ」
葉の機嫌が直ると、紅葉と真木の緊張も解ける。解けて初めて、緊張していたことに気付いた紅葉が、兵部の言葉から疑問点を見つけた。
「明日買うってことは、今日は泊まっていくの?」
「うん、そのつもり」
「やった!」
真木も無邪気に喜んでその場で飛び跳ねた。
「こらこら、歩道橋の上って結構揺れるんだぜ?今のままじゃ目立つし、さっさと渡ってしまおう」
兵部が紅葉の背を押すと、自然と残りの二人も兵部の前を歩き出す。
「しかし、心許ないねぇ……」
一人のだだっ子を二人が持てあましている姿を見ると、葉のしたたかさを感じるとともに、先は遠いと兵部は思うのだった。
「?少佐、何か言った?」
「こっちの話だよ、紅葉」
「ずるい!教えてよ」
「そのうちにね」
いつかこの三人を軸としてパンドラを発足させた時、超能力者の、特に少年少女の面倒を見なければいけない場面も増えるだろう。その時に一人がアイスで泣きわめいて残り二人が途方に暮れているようだと困るのだが。
「まあいいか、まだ今は子供だしね」
「?今、ガキ扱いしなかったか?」
「真木には悪いけど、秘密ー」
長男格の真木が怪訝そうにしたが、今はまだ話すつもりはない。
この子の背が自分を追い越す頃になったら、また考えよう。時間はまだあるし、もしかしたら自分が身を引いた方がいいという結論が出るかもしれないけれど、それは期待の現れなのだときっと分かってくれるだろうから。
<終>
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お題:「夜の歩道橋」で登場人物が「泣きじゃくる」、「ペットボトル」という単語を使ったお話を考えて下さい。
山間部もとい三幹部子供時代を書く時って、いつも葉ちゃんの年齢をいくつに定めるか、から始めます。
今回は兵部が刑務所に行く前を想定しているので、葉ちゃんは8つか9つか、その位のつもりで書きましたが、皆様のとらえかた次第で想像してやって下さい。
追記:にゃん様からご指摘ありました。少佐が捕まったのは葉ちゃんが7才(真木さん16才)の時でした。。。orzすみませんすみません そんなわけで葉ちゃん5才くらいの話ということで・・・(滝汗)
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