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hyoubutterのショートショートストーリー集
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病室 Sickroom

真木葉真木。


■病室 Sickroom■

 カツカツ、と深夜の病院の窓を外から叩く音が聞こえた。
 どうぞ、と言おうにもここは自分の部屋ではないので――個室ではあるものの――何を言おうか躊躇った真木の意志におかまいなく、軽い振動とともに窓のカギが勝手に開いて誰かが外から窓に手をかける。ガラリ。
「少佐?」
 適当だと思える相手の名を口にしたのだが、返ってきたのは兵部のそれより脳天気な声。
「ざーんねん、俺でしたー」
「……葉か」
「真木さん今日は少佐に振られちゃったね」
「……」
 真木が口をつぐんだのは葉の言うとおりであるということに加え、葉だと当てられなかった申し訳なさもあった。
 葉は遠慮なく病室の窓枠を乗り越えて、真木のベッドの脇に浮いて手に持った紙袋を台の上に置く。
「何だそれは」
「ドトールのアイスコーヒーとサンド。病院食じゃ足りないだろうし、真木さんコーヒー中毒だから少しはおいしいの差し入れしようかと思って」
「……ありがとう、助かる」
 真木が病室にいるのは、別に病人だからではない。ここの病院の医師の一人と密談があるのだが、諸般の事情により自宅も休日も一人になれないということだったので、回診の時間を見計らって会談するためだ。そのために病人のフリをして入院したのだが、コーヒーにも食事にも正直満足しているとは言い難かった。
 早速袋からコーヒーとサンドを取り出す。真木は気になっていたことを葉に訊くことにした。
「今日は少佐はどうしたんだ」
「いきなり少佐の話?まあいいけど。少佐はマッスルとロビエトに行っちゃったよ。船も一緒。だから船から真木さんの豆で入れたコーヒーは持ってこれなかった。ごめんね」
「いや、いい。これでいい」
 手に持ったコーヒーを軽く掲げると氷がカラン、と音を立てる。容器の外側の水滴が台の上にぽたりと落ちたが、葉はその様子を眺めながら黙ってしまった。
「どうした、葉」
「いやあ、なんつーか……」
 赤茶けた髪をかき上げるようにして頭を掻くと、しばらく逡巡していたがようやく口を開いた。
「二人きりじゃん、今」
 そう言いながら真木のベッドのほうへ寄ってくる。
「そうだが?」
 真木が返答を返す頃には葉はベッドの上へたどり着いて浮いていた。そして顔をずい、と近づけてくる。
「しかも個室だし、消灯後だし、何より真木さんベッドの中だし」
 だんだん葉の言おうとしていることが読めてきたのでいち早く釘を刺す。
「駄目だぞ」
「まだ何も言ってないじゃん」
「……どうせろくでもないことだろう」
 ため息をつくと葉が反論してきた。
「ろくでもない、は無くない?男子の健全な性衝動だよ?」
「駄目に決まってるだろうが!」
 真木が声のボリュームを上げた時、葉は真木の上に着地した。安いベッドが軋みを上げる。
「そんな堅いこと言わないで、さ!」
「駄目といったら、駄目、だ!」
 真木にキスを迫る葉を真木が両手で押しとどめる。
「こんなエロシチュ実践できる機会なんて滅多にないのに!」
「馬鹿を言うな、俺の部屋ならともかく、病室なんて不謹慎すぎるだろう」
 その時だ。葉がニマ、と笑ったのは。
「なんだ?」
「船に戻って、真木さんの部屋ならいいんだね?」
「!!」
 やられた。言質を取られた真木は黙り込むしかない。
「じゃ、船に戻ってきたら真っ先に俺を呼んでよね」
 葉がベッドから降りながら念を押してくる。真木は一つため息を吐いて――
「……くれぐれも、内密にな」
「了解しました」
 にっこり笑うと、葉は後退る。
「じゃ、俺、もう帰るから」
「もう、か?」
 まだ来たばかりだというのに。それに色々と聞きたいこともあったのだが。
「これ以上いたら、俺ムラムラしすぎでかわいそうじゃん。お預けされるの、好きじゃないんだよね。だからはやく”退院”してきてよね」
 まくし立てながら窓から外へと飛び出る。
「じゃ、よろしくー」
 葉は窓の外で振り返ると、手を振りながら飛んでいってしまった。
「まったく」
 真木はコーヒーを一口飲むと、ベッドから立ち上がる。葉のあとを追うようにして開いたままの窓へと向かい、手をかけてつぶやいた。
「……窓ぐらい閉めていけ」
 このくらいのことができない葉に果たして秘密を守ることができるのか。
 外からの風に髪を嬲らせながら、少しだけ考えこむ真木の姿があった。
                                        <終>

-----
yokoyama_kariさんは、「夜の病院」で登場人物が「振られる」、「氷」という単語を使ったお話を考えて下さい。

 あああう、タイムアップです・・・もっと膨らませたかった・・・ぐすん。
 真木葉なのか葉真木なのかはいつも通りに読んだかたの判断にお任せいたしマッスル。

拍手していただけると喜びます。筆者が。

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