■物忘れ forget■
酒席の手配は相手側で行った。相手は表面上は会社の体裁を取っているので、取引先ということで取引に立ち会ったのが真木と葉だった。
そこには大した取引でもないし、酒の飲める年齢になった葉に酒席に慣れてもらおうという兵部の指示があった。真木も勿論承諾し、酒席は葉の言葉遣いや態度に何度かひやりとしたが、その都度注意を喚起することでなんとか事なきを得た。取引は勿論こちらの優位で終わった。そこまではよかったが――
「おい葉、自分で歩け」
「イヤ~、真木さん、おぶって~」
「いくつだお前は!」
すっかり千鳥足の酔っぱらいになって真木におぶさろうとする葉の姿があった。
「ホテルに近くて良かったというべきか……」
「そりゃ、向こうが用意した席なんだから」
「そうだな……ってオイ、お前本当は酔ってないんじゃないのか」
「んなことないですって、酔ってますって~」
などと言いながら真木に肩を担がれている有様だ。
「まったく、相手と同席中にこうならなかったのが奇跡だな」
「はーい、それに関してはー、俺、がんばって演技してましたー!」
「ならホテルに戻るまで演技を貫けばいいだろうに……全く」
「つれないこと言わないでよ、真木さぁん……」
ふと気付くと瞼が閉じかけている。活を入れる時の要領で身体を引き上げると、葉の身体が反応する。
「痛い真木さん、痛い痛い」
「なら早く自力で歩け」
「歩いてますー、真木さんの肩借りてますが」
「それは自力で歩いているとは言わない」
ついため息をついてしまう。
パンドラでもパーティはあるし、葉だって酔いつぶれることがなかった訳ではないのだが、真木一人で介抱するハメになるのははじめてだったので要領がわからない。
「しかも忘れるタイプと来た……たちの悪い」
そうなのだ。いかに介抱しても翌日には頭痛とともに飲酒中のこと全てを忘れるタイプらしい。以前カガリがぶつくさ言っていたのを聞いたことがある。それを思うとため息がもう一つ余計に出るのも仕方のないことだろう。
「なにー?俺真木さんのこと忘れないよー?」
「言ってろ、ほらちゃんと歩いて」
「んんーー」
今のところ真木の手を借りてだがちゃんと歩いてはいる。ホテルはそう遠くない、なんとかもちそうだと真木は内心で心を撫で下ろす。
「大体日本酒を飲み過ぎだ、お前は」
「真木さんだって飲んでたじゃーん」
「自分のペースぐらい弁えている」
「ぶー、つまんないのー」
「は?」
葉が立ち止まったので真木も一歩先に踏み出してから立ち止まる。
「真木さんも酔っぱらっちゃえばいいのに。ぜーんぶ忘れて、解放されてさ」
酔っぱらい特有の大きなジェスチャーで葉は言い張る。
「そういう役割はお前一人いれば充分だ」
「だからぁ、役割とかじゃなくってさー」
葉の言いたいこともわかる。真木は自分でもそれとわかるくらいに自制して動いている。だってそれが仕事だったから。いやそれよりももっとずっと前から、気が付いたら自分が長男だったから。
「……全く」
「はいー?」
どうせ忘れてしまうのだとしたら、少しくらい強引な手段でこの軽い口を塞いでしまっても構わないだろう。
自分からしようと頑張っている姿を見られるかもしれないというリスクはあるが、幸い通りに人はいない。
「葉」
振り向きざまに、葉の顎を掴む。
「真木さ……っ!?」
戸惑った表情には目もくれず、葉の唇に自分の唇を押しつけた。のみならず、舌を侵入させて葉の口内をまさぐる。なるほど確かに、濃い酒の匂いがした。酔っているのは嘘じゃないようだ。途中で葉の腰が砕けそうになったのでそれを支えると、唇と唇が離れた。
「少しは目が覚めたか、酔っぱらいが」
「真木さん、今の……」
「帰るぞ」
葉の肩を引いて腕を回させると、また歩き出す。
今度は千鳥足ながらも葉は素直に着いてきた。
「やべー、今何したの、真木さん。ちょっと大胆すぎね?」
「大胆なものか」
真木は少しだけ自嘲気味に笑った。
「明日にはお前は忘れている、それを知っているからだ」
「あー、俺、忘れちゃうのかな」
「今までで言うとな」
すん、と葉が鼻を鳴らした。
「……忘れたくねーなー……」
「精進しろ」
「……うん」
葉はもう一度ぐすん、と大きく鼻を鳴らしたが、真木はそれには気付かないフリをして、葉を担いでホテルへの道を辿っていった。
<終>
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お題:シチュ:出掛け先、表情:「戸惑った表情」、ポイント:「振り向きざまに」、「自分からしようと頑張っている姿」です。
今日はキスお題ったーから。真木葉です。いや葉真木でもかまいませんとも。皆様のお好きなほうでお読みください。
ぎぶみー拍手。
お返事