■雲上のラウンジ rounge■
カタストロフィ号は現在、雲の上を進んでいる。当然だが甲板は立ち入り禁止で、葉はラウンジから外の景色を見ていた。
子ども達もいないしウーロンハイにしようと思ったがさすがにまだ昼間だからとやめて、変わりに烏龍茶のグラスに氷を浮かべる。
ラウンジではたまにマッスルが「ママ」代わりにカウンターを預かって夢占いだのと楽しくその役割を演じていたりするが、今はロビエト大使館に詰めっきりで、ラウンジに来る者といえばコレミツや紅葉などの決まった面子になってしまった。
そのラウンジのドアを開けて入ってきた者がいた。
「少佐」
驚いて声を上げると、兵部は葉を見付けたようだった。
「やあ、葉。どうしたんだい、昼間からたそがれちゃって」
「そんな気分の日もあるのよ。今日はガキどもの送迎もないし、ちょっと一杯やろうかなーなんて」
「なんだい、昼間から酒かい?近寄らないでくれるかい、不健康がうつる」
「ちょ、飲んでねーって。ただの烏龍茶!」
グラスを前に出すと、兵部が手に取る。そのままサイコメトリするのかと思ったら、口に運んで一口、烏龍茶を飲む。
「うん、お酒じゃないね」
「だろ?」
再度グラスを戻して貰う時だ。兵部の指先に葉の手が触れて、二人ともふいに動けなくなる。
「あ……」
心臓がドキドキする。見ると、兵部も似たようなものらしかった。
「少佐、あの、さあ」
「――ん?」
グラスから手を離そうとした時、丁度兵部もグラスから手を引いたところで、二人の間にガシャンと音を立ててグラスが床に転がる。
「うわっと」
「ごめん、葉」
二人でその場にしゃがむ。グラスは割れていないようで、中身が床に零れただけで済んだ。
「ぞうきんあったかな」
葉がわざとらしくカウンターの後ろへと回り込むと、兵部がグラスを持ってシンクへと片づける。
ぞうきんを二つ持って、一つを兵部に放り投げると特に文句も言わず黙々と二人で烏龍茶を拭き取る作業になった。
「……その、少佐はさ」
「なに?そういえばさっきも、何か言いかけたね」
「……真木さんいなくて、寂しくない?」
兵部がぴたりと動きを止める。と思いきや、すっくと立ち上がって葉の頭を軽く叩いた。
「いたっ」
「馬鹿なこと言ってないの」
「なんだよ、俺が慰めてやろうかって思ったのに」
「余計なお世話だよ。ま、気持ちだけ受け取っておくよ」
「気持ちだけかよ!」
それ以上が欲しいのに与えられない事実に腹が立って、葉もまた立ち上がって口をとがらせると、ブーイングとともに下品と知りつつ兵部に中指を突き立ててみた。すると――
目の前には雲海。気付くと葉はその雲に向かって自然落下をしていた。
船から外にテレポートで出されたことに気付くのに、優に十数秒を要し、その間葉は落ち続けていたのだった。
「嘘だろ、ジジイーーっ!!」
そして命からがら能力を発動させラウンジに戻った葉が見たものは、シンクのグラスすら綺麗に片づけられて何もなかったかのようにしまい込まれていたという事実だった。
葉が告げた想いと一緒に。すべてはしまい込まれてしまっていたのだった――。
<終>
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題材[雲の上の,夢占い,蹴る,突き立てる]
たまには片思い。少佐はこういうジェスチャーすると怒りそうだなとか思いながら。
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