■同じ空 moon in the sky■
空には月が出ている。真夜中でも歩くのには支障がない程度には。
「カガリ」
背後から名を呼ばれて振り返ると、カズラがこちらに歩いてくるのが見えた。ボーダーのシャツに白いホットパンツ姿におろしたての靴で廃墟の瓦礫を踏みしめて。
「どうした、カズラ」
「こっちの台詞よ。ぼーっと空なんか眺めちゃって。……なんかあった?」
カガリは廃墟に転がっていた石に座り直して再度空を見る。
「何もねーよ。月を見てた」
日本では見ることの少ない教会。その廃墟にぽつんと残った十字架と、それに寄り添うように低く浮かぶ月とが見えている。
ここではつい先刻までマフィアとの抗争が行われ、相手を一掃して後かたづけを終えたところだった。皆は船に戻ったが、カガリはなんとなく残ったのだった。いざとなればパイロキネシスがあるから残党も闇も怖くはない。のだが。
「戻りましょうよ。危ないわよ」
カズラにそう言われると、カガリも立ち上がってカズラのいるほうへと歩いていく。自分の無思慮でカズラまで巻き込むようなことがあったなら自分は自分を許せないだろう。
肩を並べて歩く途中、カガリはまた空を仰いだ。来た方へと振り返ると、教会の十字架の向こう側に浮かんだ月がカガリの視線を釘付けにする。別に何かを考えてのことではなかったが、カズラが怪訝そうに聞いてくる。
「何を見てるの?」
「――空って」
「うん」
「月だけ見てたら、日本にいるのと変わらねーなって思ってさ」
星座のわからないカガリには、本当にここが日本だと言われれば信じてしまいそうだった。
「白夜とかあるほうに行けば、また変わるかもしれないわね」
「かもな」
そのまま黙々と二人は歩く。この国独特の乾いた空気が二人の間を流れていく。
「不思議よね。オーロラなんてものが見える場所もあれば、日本みたいに何の変哲もなく毎日月が出ては沈むだけの夜を送る国もある」
カズラの言葉にカガリは頷く。
「でも同じ空なのね」
「そうだな――繋がってる」
それはなんというか、素敵なことに思えた。
これから戻ろうとしているカタストロフィ号は空を駈けることのできる船だ。
「空が続いてる限り、俺達はどこにでも行ける」
「会いたい人にも、会いにいけるしね」
「なんだよ、日本が恋しいか?」
「こっちの台詞よ」
カガリの軽口にカズラが応戦すると、二人で目を見合わせてくすくすと笑う。
「日本が恋しいね、カガリ」
「俺もだよ、カズラ」
ちいさな島国で起こるささやかな日常が、あの大きくて狭い校舎が、硝煙と火薬の臭い漂う廃墟に比べたら天国のように思えた。
「でも宿題はいやだな」
「あたしもー」
瓦礫を踏み分けて二人は船へと進む。
後ろから照らす月が、もうすぐ沈もうとしていた。
<終>
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お題:「夜の廃墟」で登場人物が「見上げる」、「月」「靴」という単語を使ったお話を考えて下さい。
やりたかったんですカガリとカズラの青春グラフィティ。