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hyoubutter short story

hyoubutterのショートショートストーリー集
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脱兎の果て Escape rabbit

「窮鼠の季節」の続きのようなそうでもないような。

■脱兎の果て Escape rabbit■

 星々が瞬いているのは地球の大気が揺らいでいるからだと兵部は言う。
「つまり地球側の現象なわけで、星々は太陽と同じく常に光っている」
「最果ての地でもそれは変わりませんね」
 兵部の解説に真木が同意すると、葉が空を見上げて大げさに身体を竦めてみせた。
「星が綺麗に見えるのはいいんだけどさ、寒すぎるっつーの」
 北の果てにある小さな町。観光資源でなんとか生きながらえている小さな町のはずれに、四つの影が立っていた。時刻は午前4時。奇襲は早朝に、が今回のモットーだった。
「本当にこんな寂しいところに槇家は逃げこんだの?」
 にわかには信じられないという顔で紅葉は手に息を吹きかける。
 今四人が追いかけている槇家という男は、不法移民とエスパーがらみの犯罪を手がけてきた組の元組長だ。「元」がつくのは、組織はもうパンドラによって瓦解してしまったからである。そんな男が単身逃げ込んだ先が、この小さな町だという情報を元にのりこんできたはいいが。
「なーんか、拍子抜け」
「どうしてよ」
「あんだけドンパチやらかしといて、最後はこんなへんぴな町なんてさ。地下シェルターでもあるなら別だけど」
 葉の疑問に、情報を集めた本人である真木が言葉を続けた。
「もう奴に保身の意志はないと聞いている。別れた前妻の娘の子供――つまり孫がこの町にいて、最後にその顔を見たがっていたということだ」
「そうなの?なんか意外」
「だね」
 あれだけ大がかりな犯罪組織を作り上げていた槇家の選んだ最期に、紅葉と兵部が信じられないというふうに顔を見合わせる。
 特に兵部は、不法移民のエスパーを拘束し働かせていた槇家に対して容赦をしないつもりでいたから、なにやら複雑なものがありそうだった。こう見えても、年の頃は真木達よりも槇家のほうが近いのだし、仕方のないことかもしれない。
「だからといって楽隠居をさせてあげるような優しさは持ち合わせてないしね――行こう。町が目を覚ます前に」
 兵部の言葉に、残る三人は無言で頷いた。

 兵部は槇家にはバックがいると踏んでいた。その確信はこの町に着いてから強くなってきている。槇家の部下達からサイコメトリして得られた情報では、槇家はとてもではないが大規模な犯罪に手を染めるほどの胆力の持ち主ではない。裏にもっと大きな組織がいるはず――それが兵部の考えだった。
「ねぇ真木」
「どうしました?」
「槇家のバックの情報はどう?」
「……申し訳ありません。まだ具体的には掴めていません」
「そう」
 真木と、真木の掌握するルートでも洗いきれないとなるとますます怪しい。バベルとまではいかないが、大がかりな組織が動いていると考えたほうがいいだろう。
「槇家一人粛正したところで、どうやら前には進めなさそうだね」
「ええ――長い戦いになりそうです」
 二人の会話を聞いていた葉と紅葉もまた、白い溜息をついた。
「あそこかい?」
 やがて見えたのは屋敷作りの大きな家で、見るからに田舎の旧家という感じだ。
「あそこは前妻の実家ですね。直接訪れてきたことはないようです。多分別の場所で会っているのかと」
「なら最初からそっちに行こうぜ」
「……それがどこなのかわかってない。すまないな」
 葉のもっともな台詞に、真木は申し訳なさそうに告げた、その時だ。
「しっ。――誰か出てくる」
 一同が色めき立つ。今はまだ早朝だ。こんな時間に出かけるような用件とはいったい何だろう。各々が物陰に隠れると、出てきたのは着物姿に動物の襟巻きをつけた老齢の女性と、その孫と思しき7~8歳の少女だった。
 二人が屋敷を出てすぐに、前もって呼びつけていたのであろうタクシーがやって来る。
「チッ、どこ行く気だ」
 焦りが葉の口から言葉になって出る。真木が周囲に人がいないのを見計らって高く飛翔すると、同じ事を考えたのであろう紅葉がテレポートで脇に出現した。
「どうするの、真木ちゃん」
「どうするも何も、追うしかないだろう」
「相手は車よ?」
 紅葉と兵部のテレポート能力を考えても、走る車を4人で追うのは決して楽ではない。紅葉の焦りがそれを物語っている。
「だがしかし――」
「やるしかない、だろうね」
「やれやれ、人目を避けてってのが一番厄介だよなー」
 兵部が葉を連れてテレポートしてきて、今後の方針を素早く決める。
 決まってからは四人は迅速に老婦人とその孫の乗ったタクシーを追いかけた。

 タクシーが止まったのは町はずれのさらに山奥、人が住んでいるのが不思議なような掘っ立て小屋の前だった。Uターンして町へと戻るタクシーを尻目に、こぎれいな衣装の老婦人たちは似つかわしくもない建物の中へ躊躇う様子もなく入り込んでいく。
 外から中の様子は見えないが、建物の裏に潜んだ四人の中で、兵部が目を閉じて集中している。
「――槇家だ。間違いない」
「中にいるの?」
「ああ。思念波をキャッチした。どうやら本当に、孫の顔を見に来たらしいね。それと」
「それと?」
 紅葉が促すと、兵部が続ける。
「前妻と孫は槇家が何をしていたのか知らない。離婚前は組織もなかっただろうしね」
「馬鹿だな。そのまままっとうに暮らしてりゃ、こんなこそこそと会うこともないのに」
「だな――だが、自業自得だろう」
 葉の言葉に真木が答える。それがこの場にいた四人全員の総意だった。
「今すぐ踏み込む?」
 それはないだろうなと思いながら紅葉が兵部に尋ねると、果たして考えていた通りの答えが返ってきた。
「いや。前妻と孫がいなくなってからにしよう」

 前妻は肩を落として小屋から出てきた。涙のあとが顕著に見られて、子供心にも分かるのだろう、少女は老体を労るようにしながら祖母の前を歩いていく。その先には来たときとは別のタクシーが控えており、二人はそれに乗り込んで行ってしまった。おそらくは屋敷に戻るのだろう。
「――槇家!」
 兵部が一度に四人を小屋の中へとテレポートさせると、小さなストーブにすがりつくようにして暖を取る老人の姿があった。
 そう、逃亡生活に疲れ果て、痩せ衰えた男は、真木たちの記憶よりも10以上も老けて見えた。
「パンドラ、か」
 超能力者の集団であることから察したのだろう槇家が、両手を上に上げて一同に向き直る。
「抵抗はしないのかい?」
「無駄なことは分かっているよ。奴隷生活の中で命を落とした者もいる。その報いは受けよう」
「そう。なら最期に一つ聞かせてもらえるかな。君が栽培していた麻薬がどうなっていたのか、を」
「どういうこと?」
「槇家組で販売してたんじゃないってこと?」
「そうだ。薬の販売ルートは国内でも槇家組でもない、不明なんだ」
 葉と紅葉の問いかけに真木が解説を加える。
「どこの組織が輸出を担ってたんだい?」
「知らないんだ。わしは本当に知らない。ただ奴らから連絡が来て、一方的にそれに従っていた――」
「本当なのか?」
 真木が凄みをきかせると、兵部が前に出て槇家が掲げた両手のうち片方の手首を握りサイコメトリする。
「――驚いた。君はほんとうに、そんなわけのわからない相手と取引していたというのかい?」
「わしは孫が生まれたのを契機にやめるつもりだったんだ。それが、ずるずると――」
「でも死ぬ気で足を洗おうとしたわけでもない、と」
 兵部がじろりと睨むと槇家は項垂れる。心を読まれたことを理解しているのだ。
「……そうだ」
「報いは大きいよ?」
「覚悟してる」
 口ではそう言いながらも、槇家は手も足も震えている。
 ――こんな老人一人、放置していてもいいのではないか、という想いが一同の頭をかすめたが、兵部の怜悧な声がその甘い見通しを遮る。
「君一人の命で償えるものじゃないけど、せいぜい苦しんで死ぬといい」
 小屋の入り口にあった縄が、生き物のように宙を泳いで槇家の身体を拘束し、さらに近くの柱に巻き付ける。
「なにを……」
「ストーブの火はおとさないであげておくよ。けどいずれ燃料は尽きる、ゆっくり時間をかけて凍死するといい。その前に見つけてもらえるといいね?」

 小屋からの道を歩いていた紅葉が呟いた。
「すっきりしないわ」
「何がだ」
「別に槇家の命乞いしようとかそういうんじゃないの。結局黒幕は逃げおおせて、ピンピンしてるってことよね?」
 紅葉の言葉に、兵部の眉が潜められる。最高に不機嫌な形に。
「……その通りだよ、紅葉。まぁ、見当はついてるけど」
「えっ」
「本当ですか、少佐!?」
 葉と真木が兵部を覗き込むようにして囲む。
「過去視した中に、黒幕の男が胸に特徴的なバッジをつけていた。僕の見立てが正しければあれは――」
「あれは?」
「……いや。まだはっきりとは言えない。それよりも、行きたい場所があるんだけど」
「どこですか?」
 唐突な話題転換に真木が問うと、兵部は田園調布のとある建物の名前を口にした。

 飛行機を使ってもそれでも4時間かけて、一同は田園調布の某所にやって来ていた。
 ここにはM国の大使館があって、その裏に外人墓地がある。
「誰か死んだの?」
 葉が訊ねると、兵部は途中で買ってきた花を捧げながら答える。
「――労働に耐えられずに死んだ者達はここに埋葬されている」
「……そっか。ねぇ、ここの国の宗教ってわかんないんだけど、両手を会わせればいいのかしら」
「どんな形であれ、祈ればいいだろう」
「そうね」
 真木と紅葉はその場で黙祷をする。葉もそれを真似て瞳を閉じた。が、兵部だけがその瞳を見開いたまま、墓地ごしに建物を睨み付ける。
(M国大使館……)
 兵部はまだ誰にも告げていないが、過去の記憶の中にあったバッジは、この大使館の職員のものだ。過去視の中には大使館ナンバーの車らしきものもあった。
 不法入国者のほとんどはM国出身者であり、彼等の記憶の中にもここの大使館の職員らしき者が散見された。
 バベルどころではない。ひとつの国が、国を捨てた民を奴隷として売りさばき、かわりに薬を自国に運び込んでいる。
(……戦いがいがあるじゃないか)
 兵部の口に笑みが刻まれる。ふる、と身体が震えたのは、武者震いだったのか。
 備えられた花が、寒さを堪えるように小さく揺れていた。
                                      <終>

-----
題材[最果ての,瞬き,振り向く,寂しい]グリム童話風にやってみよう!

 「窮鼠の季節」の続きで完結編・・・のはずが、また中途半端な終わりになってしまいました。どうしてこうなった♪(AA略)

いつもおつきあいいただき感謝です~。

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