■寂寥 loneliness■
魔法使いには二種類ある。いい魔法使いと悪い魔法使い。昔読んだ本にそんなことを書いてあった。本のタイトルは覚えていないが。
ならきっと、目の前の魔法使いは後者に違いない。
「君が悪いんだよ」
深夜の路地裏で、兵部がサイコキノで40代のチンピラ風の男を塀に押しつけ、身体の自由を奪っている。
「あの子はもう僕の子供なんだ」
男は、現在パンドラに保護されている少年をかつて道具として使っていた張本人で、あろう事か買い物中に兵部の見ている前で攫おうとした。
その時は紅葉と真木がとっさに機転をきかせて事なきを得たが、それらの情報から引き出されたのが、目の前の男の存在だった。
「暴力団くずれが、エスパーを利用しようだなんて大それたことをするから」
兵部は目の前の男を決して許さないだろう。葉はそれをよく知っている。
「君は僕が粛正する」
サイコキノの圧迫を強めたのだろう、ゴキリと嫌な音を立てて男の腕がひしゃげてあらぬ方向に曲がる。
「ウギャアァアー!!」
「全身骨折くらいで許すとは思うなよ?」
目の前の魔法使いは、悪い魔法使い。捕まった己の迂闊を恨むがいいさ。
他に路地裏に入ってくる人影がないかを注意深く確認しながら、葉は心の中でそう思うのだった。
兵部は超能力を使った後に肩で呼吸をしたりはしない。葉の見る前の兵部は、力を行使することは歩くことと同じくらい自然なことのように振る舞っている。
「終わったよ、葉」
かつて人であったものは路地裏に凄惨な死体となって横たわっていた。死体から目を離して葉の瞳を見る兵部は、何故か疲れて見えた。
「葉?」
自分でも何故そうしたか分からない。気付くと、兵部の身体を力いっぱい抱きしめていた。
「気分のいい見世物じゃなかったかな」
「なこと、ねーよ。ただ……」
ひどく、疲れて見えたから。
「疲れてなんてないよ。おかしな葉」
言葉にしなかった思いを透視(よ)み取って、兵部は笑いながら葉の身体を抱きしめ返す。
「葉ったら、どうしちゃったのさ」
「このままでいて」
いつまでも兵部を羽交い締めにして離そうとしない葉に兵部が異論を唱えるが、口から出たのはみっともない懇願の言葉だった。
「俺を離さないで」
兵部は少し驚いたようだったが、すぐに葉を抱き返す腕に力をこめた。
「……君を離したりしないよ。誰が君を攫っても、僕は君を取り戻す。君自身からさえも」
「……ん。わかった」
身体を離すと兵部は儚く微笑んでいる。悪い魔法使いは、こんな時いつもどこか寂しげだ。
「帰ろう――うちへ」
「うん」
たとえようのない寂寥を抱きながら、葉は兵部を促し、兵部は頷いた。家へ。悪い魔法使いがいい魔法使いのフリをすることのできる、子供達のいる家へ。
<終>
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お題:「深夜の路地裏」で登場人物が「抱き合う」、「魔法」という単語を使ったお話を考えて下さい。
兵部さんは葉含め子供達の前では無理してそうだな、というイメージがあります。んで無理してる自分を歯がゆくも愛おしく思ってくれていたらいいのになぁ、という気持ちが葉になって表れた感じです。
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