■日暮れ sunset■
じき日が暮れる。
旅先の宿の布団から上半身を引き出すようにして障子を僅かに開けて、朱色に染まった空を見つめていると、同じ布団に入っていた兵部が身じろぎをする。どうやら起こしてしまったようだが、丁度良い。
「……真木?」
「もう夕方です、起きないと」
旅館を予約する時に部屋食にするのではなかった。今のように裸の男同士が同じ布団に入っている所などを見られたらどんな噂になるか。いやまあ、することはしているのだが、やはりこういう微妙な関係を人に知られる訳にはいかないだろう。
「んー、置きられない」
「夕食が運ばれてきますから、布団を片づけないといけません。それに、シャワーも……」
布団から出ながら並べたてていくと、怠そうに半目を開けた兵部が右手でおいでおいでをする。真木と一緒の布団から覗く首から鎖骨、そして肩に続くラインを見てどきりとしながら、真木は不用心に兵部に顔を近づける。
「あ、痛っ……少佐っ、んっ…!」
近づいた真木の髪を引っ張られ、体勢を崩しながら異議を申し立てようとした真木の唇を、兵部の薄い唇が封じる。どちらかというとぶつかった、に近い。
「あ痛たたた、痛いです、少佐!」
ぐいぐいと遠慮無く髪を引っ張り続けられて、耐えきれず唇を離して悲鳴を上げると、すんなりと兵部の手が離され、髪の毛の束縛から解き放たれる。
「少佐……?」
「君のせいだ」
兵部はうつぶせになって両腕を顎の下で組むと下から睨め付けてきた。
「僕はもう無理だって言ったのに」
「あ……」
真木の心を羞恥心と、それより大きな罪悪感が苛む。
ついさっきまでの性行為の最中、兵部はもう無理だと泣き出したのだが、真木はそのまま最後まで押し切ってしまったのだった。なんのことはない、しばらく兵部を――もちろん兵部以外の誰をも――抱いていなかったので、つい本能の赴くままに貪ってしまったのだ。
「がっつきすぎなんだよ」
「……すみません」
ここはもう謝るしかない。目をあわせられなくて下を向いていると、兵部が笑いまじりにため息をついた。
「ふぅ……ま、いいよ。起きる」
「少佐……」
顔を上げた真木の瞳に映る兵部は、もういつもと同じ余裕の笑顔でふんぞり返っている。
「でも今日はほんとにもうこれ以上は無理なものは無理だから、いいね?」
「は、はい」
赤くなって固まった真木の頭を、起きあがった兵部が子供にするように撫でる。
今度はその手で髪を掴んで引っ張られることはなくて、真木は内心で安心するのだった。
<終>
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お題:「夕方の旅先」で登場人物が「貪る」、「噂」という単語を使ったお話を考えて下さい。
旅の恥はかきすてとばかりに少佐に無体を強いる真木さんのお話?になりましたがどうか・・・。(あやふや)温泉行きたいねぇ・・・。
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