■ソーダ soda■
朝から人の群れは絶えることがなく、世間一般では夏休みであることを実感する。
遊園地の入口に並ぶ葉はともかく、となりの兵部はすっかりだらけきっており、目があうと嫌そうに異論を投じる。
「帰ろうぜ、葉。どうせもうホテルはとってあるんだろ」
「まだ早朝だよ。チェックインは三時以降!」
「昨日の夜から泊まってたことにして前泊のぶんも払えば済むことだろ」
自分もあまり兵部のことは言えないが、兵部には常識とか遠慮というものが通じない。特に葉に対しての後者の無さは特筆すべきものがある。
「だってアンタこないだザ・チルドレンのガキどもと遊園地行ったんだろ?俺も行きたかった」
「必ずしも楽しい思い出だけとは限らないけどねえ。なんなら一人で遊んでおいで」
「あんたなしじゃESPゲートも突破できないじゃん」
「だから帰ろう」
「イ・ヤ・だ!」
今日は二人で仕事だ。とはいえ仕事の内容は某商社に荷物を受け取りに行くだけであり、泊まるほどのものではないのだが、そこをごまかして無理矢理一泊二日にした。葉にしてみれば、せっかく兵部を独占できるいい機会なのだから楽しまなければ損だと思うのだが、肝心の兵部にやる気がない。
「ははぁん」
と、兵部が意味深に笑う。
「なんだよ」
「僕がクイーンたちを特別扱いしたこと、妬いてるんだろ」
「………」
葉は目をそらすと、兵部の手を引っ張り、有無を言わさず列に並び直した。
観覧車の下の広場で向かい合ってソーダを頼む。
「……妬いてるよ」
「え?」
ジェットコースターに3D劇場、ホラーハウスと回ってきて、並んでいた時のめんどくさそうな態度が嘘だったみたいにはしゃいでいた兵部が葉に問い返す。
「アンタがザ・チルドレンのガキどもに肩入れするの。妬かないわけないじゃん」
さっきまでの笑顔が嘘のように消えて、つまらなそうというよりは寂しそうに口を尖らせる。
「馬鹿か、君は」
「何とでも言えよ」
そっぽを向いた葉の横顔を兵部が見つめる。子供の頃と変わらない、独占欲が強くてわがままで、感情を表に出すことをためらわない、まっすぐな魂。
「ザ・チルドレンに対する気持ちと君に対する気持ちはまるで違う。わかるだろ?」
「わかってるけど嫌なものは、嫌」
今度は正面を向いて睨みつけてくる。やれやれと思いながら素早く当たりを見回すと、葉の顎を掴んで引き寄せるとその唇にキスをした。
「なっ!?」
葉があわてて辺りを見回すがこちらを注視している者はいない。
「ざ・チルドレンにはこんなことはしない。葉、君だからだよ――わかってくれたかな?」
「……」
顔を赤くして兵部のことを見つめていた葉だったが、しばらくの間黙っていたかと思うと蚊の鳴くような声で言い返してきた。
「……ない」
「ん?何か言ったかい、葉」
ソーダに添えてあった手を葉に掴まれて引き寄せられて。
「わかんない。まだ足りない。もっと」
「君ねぇ……もう帰るかい?」
「――うん、帰る」
と、立ち上がると兵部の手を握ったまま席を立つ。
「ちょ、ちょっと待ってよ、葉」
慌てて立ち上がりながら、それでも握られた手を解こうとはしない兵部だった。
<終>
-----
お題:「朝の遊園地」で登場人物が「見つめる」、「ソーダ」という単語を使ったお話を考えて下さい。
土日は更新しないと決めていたのですが葉っぱの日なのに黙ってられない!ということでソフト葉兵です。
あなたの清き一票をぽちっと。
お返事