■はじめての夜 First Sex■
夜はとうの昔に更けきり、もうじき日付が変わろうとしている。
こんな時間なのに、葉の部屋を訪れた者がいる。ガンガンとドアの下を足蹴にするのを訪問と定義するのなら、だが。
相手の予測のついている葉は無言で扉を開く。そこには不機嫌そうに腕を組んだカガリが片足をなおも掲げながら立っていた。
「どうした、カガリ」
「どうしたじゃねーよ!葉兄ィの人でなし!」
「ちょ、待て、とりあえず部屋に入れ。な?」
葉が身体を譲ってカガリを促すと、不満そうな顔つきはそのままにカガリは足音も荒く部屋に入ってきた。
素直にソファに座るカガリの姿を見て、葉がひめやかにほくそ笑んだことを知るものはいなかった。なにしろカガリはすっかり頭に血が上っている。
「まぁ落ち着けよ。なんだってんだ、こんな夜中に」
「アンタさっき教えてくれた攻略法って、ハメ技じゃねーか!」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「うっせーな、明日東野……ダチと対戦すんのに、知らずに使っちまうところだったんだぞ!?」
今の場合、嵌め技というのは対戦格闘ゲームで一度かかるとどうしても振り切れないバグ技のことを言う。普通はルール、というかマナー違反だ。
「つか、そんなことでわざわざ俺の部屋まで来たの、お前?」
罠が仕掛けてあるとも知らずに。
「悪いかよ」
「悪い」
葉が言い切るとカガリが不機嫌さを増す。咎めにきたのに反省もなく逆に悪いと咎められて怒るなというほうが無理な話だ。
「もともと葉兄ィが卑怯なのが悪いじゃん」
「そーですよー、俺は卑怯な男ですよ」
葉がにんまりと笑うと、カガリが立ち上がった。真正面から繰り出したパンチが葉めがけて放たれて――あっさり阻止された。
「なにこのへなちょこパンチ」
葉に容易く受け止められた事に、カガリはそれほどショックは感じていない。つい手が出た、という程度のことだったからだ。けれど悔しい気持ちはおさまってくれず、かわりにへらず口を叩く。
「うるせーな!燃やしちまうぞ!」
「それはイヤだなー。俺、痛いのとか好きじゃないんだよね――でも」
「!?」
パンチを受け止めた葉の手がカガリの手首を掴んでぐい、と引っ張る。
急な行動についていけずつんのめるようになって葉の懐に飛び込む形になって見上げると、蒼い瞳と目があった。
「気持ちいいことは好き」
「……?」
何故か軽口をたたけない雰囲気を感じてカガリは口をつぐむが、頭に去来するのは「?」の一文字だけだ。
葉の人格を知らない人間から見たならば人好きのする、カガリから見たならば悪巧み特有の笑顔で葉はカガリに告げた。
「キモチイイことしない?」
暫しの沈黙の後――
「ハァ?」
カガリが口から出せたのはそれが精一杯だった。何を言っているのだ、お前は、と。
「いや、本気。いいだろ、悪い思いはさせないからさ。俺、けっこう上手いし」
まずい。なんだかすごく、まずい気がする。葉は本気だ。けれどさっきからの態度からしてロクなことじゃないのは目に見えている。
「それとももう済ましちまった?俺はそれでもいいけど。さっき言ってたダチ公とやらよりは気持ちよくさせてやるよ?」
「東野?が、なに?だから、言ってることがさっぱりなんだけど」
さっきから葉に引き寄せられた身体を離そうとしているのに、いつの間にか背後に手を廻されがっしりと肩を掴まれて動けない。
「ん?性的なコト」
「性……?」
「セックス」
そのものずばりと単語を口にされて、カガリの思考は停止した。
――うまくいった。
葉はほくそ笑む。
カガリを取り巻き籠絡させる罠。その罠とは、葉自身、だった。
「へ?できるわけねーだろ!」
「それができちゃうんだなー。女相手とはちょっと違うけどな」
葉は肩を掴んでいた腕をカガリの背中をなぞって腰を抱き直し、両足の間に自分の太股を入り込ませる。
「ちょっと、何してんだよ!」
「嫌じゃないだろ?」
「嫌とかそういう問題じゃないだろ、馬鹿!……っ」
後ずさっていた足がついにベッドにたどり着く。このまま座り込んでしまえば負けだというのはカガリにもよくわかっていたので、ぎりぎりで踏みとどまりながらも、そんなに大柄でもない葉に思いのほか筋力があったことに敗北感を覚える。もういいか、という気持ちになりそうなところをおさえてひと呼吸つくと、カガリは葉に告げた。
「ホントにそういうことするならさ、もっと俺のこと見てよ」
「見てるじゃん?」
「……嘘つき」
「なんで」
「なんででも!葉兄ィは気付いてないかもしれないけど、アンタが好きなのは――」
スッ、と葉の瞳が細められる。今日初めて見せる剣呑な瞳の輝きに、カガリは次の句が告げなくなってしまう。
言ってはいけないことだったのだ。
けれど、自分が葉がいつも見つめている人間が誰なのか知っていると伝えられただけで、この上ない葉への歯止めになったはずだとカガリは自負していた。
多少ぎくしゃくするかもしれないけれど、嘘に固められた成り行きのセックスよりも、いっそ嫌われるくらいのほうがちょうどいい。そう判断したのだった。
「なんで、俺に好きな奴がいる、とか思うわけ?」
「――俺もわかるから」
「?」
葉が好きなのは、兵部と、真木と、紅葉の三人だ。パンドラのリーダーとその幹部。葉自身も幹部でありながらも、最も年少ということで色々な思いがあるのだろう。そして複雑なことに、兵部に真木が近づくと真木に嫌がらせをするのに、同時に兵部にも腹を立てていたりする。紅葉はそのあたりのバランスを心得てはいるが、やはり紅葉に特定の相手ができたなら真っ先にその関係を壊しに行く程度には葉は彼らが好きで――屈折しているけど、三人ともを同時に同じくらい愛しているから、同時に両方に嫉妬するような現象が起きる。
それらはカガリにもなんとなく予想のつく心理状態で、そしてある程度、その辛さも想像できた。
葉はもがいているはずだ。軽薄な行動で気まぐれにかき回すようにしながら、いつもその目は同じ人々を追っていた。
そしてカガリは――認めたくないが――そんな葉の様子をずっと見てきたのだ。葉からカガリの年齢にかけて同世代の少年がパンドラにいなかったということも大きい。葉が兵部達を慕いながらも嫉妬するように、カガリも葉の様子をつぶさに観察し、葉が腹を立てたり嫌がらせをしたりする光景を見ながら残りの三人に羨望のまなざしを注ぎ続けてきたのだ。
「も、いいだろ。俺、部屋に戻るから」
これで葉との間に多少の亀裂は入るかもしれないが、このまま葉の誘惑に身を委ねるよりはずっといい。そう思ったのに。
「何勝手に決めちゃってんの?」
そう告げると、あろうことか、葉は自分の腰をカガリの股にすりつけてきた。
「ちょ、ちょっと葉兄ィ!」
当たっている、自分のが葉の太股に、そして葉のが自分の下半身に。
「やめっ、駄目だって!」
「なんだよ、満更でもないんじゃねーか」
「!!」
それは男の生理現象として仕方のないことだ。
わかっていても羞恥心が先に立つ。
葉の腕をふりほどけないことに焦りを感じる。今まで他の誰をもこんなに身近に近づけたことはない。葉のうなじのあたりから香る匂いも、熱い吐息も、熱い胸の鼓動も。
――目眩がした。自分が葉の一部になってしまいそうで。どろどろに溶けてなくなってしまいそうで。
カガリの苦悩も知らず、葉は片手を離すとジーンズの上からカガリの熱くなったそれを撫で上げ、擦りはじめる。
「く……ぁ……」
こらえきれず、カガリはもつれあうようにしてベッドへと倒れ込んだ。
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まるで精を吸われるかのような性交だった。まぁ半ば押し倒されたのだから、上下が逆であろうと犯されたと言っても間違いではない気がする。でも結局は知らない快感を愉しんでしまったことに罪悪感のようなものが首をもたげる。一つのベッドに二人で沈み込みながら、カガリの思考もまた深くへと沈んでいく。
「なーに考えこんでんの、チェリー君」
「チェ……!」
自分の年頃だと珍しいことでもないのだが、葉に言われるとつい異論を唱えたくなる。男相手でもチェリーボーイを卒業したと言えるのかどうかはわからないが、とカガリが口を挟む間もなく葉が告げる。
「お前さ、もっと人生ナメてかかったほうがいいと思うぜ」
「葉兄ィはナメすぎだろ」
「え、なに。たしかに今日はカガリのをいっぱい舐め――」
「ちげーだろ、このアホ兄貴!」
思わず手を出しそうになって葉に向き直ると、布一枚纏わぬ姿の葉に対する羞恥心を拭いきれず、またそっぽを向く。
あの身体がついさっきまで腕の中にあったと言っても過言ではない、嘘みたいな話だが現実だ。
「俺、アンタにどうやって責任取ればいいの」
「いらねーよ、そんなん」
「だって――」
「だから言っただろ、人生をナメてかかれって。――気持ちよかったんならそれでいいじゃん」
「俺は……そんなの嫌だ」
葉の言葉を飲んだ先にあるものを考えて、カガリは恐怖に身を縮める。
「なんだよ、カガリ」
「だって気持ちよかったならそれでいい、って考えじゃさ、アンタこの先俺じゃない相手ともきもちよくなりたくなったたら、しちゃうんだろ?」
「――な訳ねーだろ、馬鹿」
「馬鹿はそっちだろ?俺は今日のこと、ちゃんと責任取って、この先も続けていきたいだけだよ」
「なーに、俺とのセックス、よかった?またしたくなった?」
「そうじゃなくて!」
「だって今、この先も続けてヤリたいって」
「じゃねーよ!俺はちゃんとしたいの!したいって言ってもそういう意味じゃなくて……ああもう!」
カガリは伸び上がるように葉の頭の位置まで自分の頭を引き上げて、唇めがけてキスをした。かつり、と歯と歯がぶつかる音がしたが今はそれどころではない。
「何、いきなり」
唇を離すと、葉は驚いた顔こそしてはいるが、拒否されていないだけでもカガリは心の中で胸を撫で下ろしていた。
「だから、ちゃんと段階っていうの?違うな――その、マナーを守りたいわけ、大事にしたいわけ」
ああ、と葉は頷くと、ニヤリと笑ってカガリの額に自分の額を当てる。
「なんだよ」
「純情だねぇ」
「んだと――っ!」
葉はカガリの言葉を聞くつもりなどないとばかりに、葉はカガリの口に自分の唇で蓋をする。
今度はどこもぶつからず、いつしか自然な仕草で葉に抱き寄せられながら脳の芯がとろけるようなキスを与えられて、やっぱり葉にはかなわない気がして。こっそりとカガリが目を開けると、その瞳が閉じられているのを見て何故か胸が苦しくなる。
そしてこの苦しさは、まだまだ当分続きそうだった。
<終>
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お題:「深夜の部屋」で登場人物が「ケンカをする」、「足音」という単語を使ったお話を考えて下さい。
twitterでの某Oさんの発言からできた物語であります。
さあどっちが攻めでどっちが受けだったのかみんなで考えてみよー!
なお途中の抜けてる部分ですが、実はちゃんとあります。見たい人はこちらをレッツクリック。(要PixivID)
お返事
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