■花 golden trampet■
学校からの帰り道、合流場所を学校から程近いカフェを指定してきたのは葉だった。
一度も入ったことのない夕方の店内を見回すと、葉がカガリに気付いて手を振っている。
「よう」
他に二、三組が席についているのを抜けて葉のいるテーブルに着くと、カガリはメニューを見る。とはいえ、ミルクとシュガーのたっぷり入ったアメリカンコーヒーと最初から決まっているのだが。
注文しようと顔を上げると空になったコーヒーカップを前に葉が窓のほうに飾ってある花をつまむようにして弄んでいる。
「何て花?」
「ユリ」
「え、本当?」
「嘘。実は知らない」
トランペット状の形をした黄色の大振りな花は葉に謝罪するように少し項垂れている。そういう花なのか、元気がないからなのかすらカガリには分からない。
そうこうしている間に店員がやってきて注文を訊ねるが、葉は相変わらず花と外とを見比べてぼんやりとしている。一瞬花の種類を聞こうとも思ったがカガリには自分のぶんのコーヒーを頼むので精一杯だった。
店員が去ると葉がくつくつとこらえきれないといったふうに笑い出す。
「なんだよ」
「恋する乙女みたいに殊勝になっちゃって。こういうとこ入るのはじめて?」
「……当たり前の中学生の反応だよ」
「当たり前の、ねえ」
意味深に流し目を送られてきて、なんだか居心地が悪い。ただでさえ校則ではこういった店への寄り道は禁止なのだ。カガリは分が悪いと見てとると、話題を変えることにする。
「なんでここに呼んだの」
「んー、あれ」
葉が花から話した手を窓の向こうを指し示す。道路を挟んで向かい側にあるのは。
「車屋さん?」
「ディーラーじゃなくて修理屋さんだな。リムジンは特注だからこういう所に修理入れないといけないのよ」
「なに、どっか調子悪いの?」
「この間バレット刎ねた後からなんか下のほうから変な音がしてたんだけどさ、最近ひどくなってきてて。そんな訳で修理待ちってわけ」
「ふーん」
では修理が終わるまでここで暇をつぶしていないといけないという算段になるか。ということは、つまり。
「――葉兄ィ、俺を巻き込んで一緒に待たせるつもりで呼んだわけ!?」
「正解。だって暇なんだもん」
目線を外からカガリに移してにっこりと笑う顔はひどく嬉しそうで、悪びれる様子すらない。
「なんだよー俺そうと知ってたら電車で帰ったのに!」
「教えなかったもーん。一人で帰してなんかやらないし」
「ひでえ!」
「俺を一人ぼっちにするほうがひどくない?」
「ガキかよ!?」
つい口調に熱がこもってエスカレートしかかったところに、カガリの分のコーヒーが運ばれてきて、しばし会話が途切れる。仕方ないのでひとくち口をつけてみると、普通のインスタントコーヒーよりは少し苦い気がする。そして熱い。
必死でさましてもう一口飲んで顔を上げると、葉が自分の携帯電話を弄っているところだった。
(なんだよ)
なんだか拍子抜けだ。一人が嫌だからという理由はともかく、自分が必要とされていたことに一瞬でも喜んだというのに、携帯で時間をつぶせるならば自分がここに来た意味はなんだったのか。
「……」
釈然としない想いのままコーヒーを啜っていると、葉がぽつりと発言した。
「……恋に落ちる前」
「は?」
目を丸くするカガリにテーブルの上の花を指さす葉。
「この花。アラマンダとかゴールデントランペットって名前らしい」
「そのまんまだな」
何をしていたかと思えば携帯で花の名前を調べていたらしい。なんだか肩の力が抜けてしまった。
「で、花言葉が“恋に落ちる前”だって」
「……へえ」
葉の口から恋、と言われてどきりとする。下を向いて携帯の画面に注視していた葉が顔を上げると目があって、何故かどぎまぎと反らしてしまう。
「どしたの、カガリ」
「別にっ」
こういう物言いになってしまっている時点でバレバレな気もするが、それでもせいいっぱいなんでもないフリはする。
「なーにカガリ君、恋に落ちちゃった?」
が、やはりどうも読まれているようだ。
「!っ……あちっ!」
平静を装おうとしてコーヒーに口を付けたのは失敗だった。淹れたてのコーヒーでまんまと舌を火傷してしまう。
「あーあ、何してんだよ。そんなに動揺しちゃうような恋をしてるのかなー?」
葉の言葉はいちいち的確だ。それほど顔に出ているのだろうか。思いながらも会話の逃げ道を必死で探す。
「よっ、葉兄ィはどうなんだよ!?」
「俺?」
カガリはソーサーにカップを戻す。音を立てないようにするのが精一杯だった。――だから微妙な葉の声音に気付くのが遅れた。
「俺は……」
葉は携帯を操作途中のままテーブルの上に置くと、どこか自嘲ともとれる、でもそれだけではない複雑な笑みを浮かべた。
「もう戻れない感じ」
そして複雑な光を浮かべた瞳でカガリをまっすぐ見つめてくる。正直、葉にこんな態度を取られるのはほぼはじめてのため、どうリアクションしたものかわからない。
「えっと……」
どうしても目線が泳いでしまう。カフェの中、周囲の客全員に見られているとしてもここまで緊張はしないであろう。だが事実カガリはこの場にいる皆に自分の心中が読まれているかのような居心地の悪さを感じていた。
無意識に手を動かすと、葉の携帯に手が触れて、画面が明るくなる。
「あ、ごめん……あれ?」
「どうした?」
「これ」
画面の上部には黄色い花の写真が映っていたが、下の方の文字の表示が気になった。
「花言葉一つじゃないみたいだぜ」
「へえ?」
葉が早速携帯を覗き込むと、たしかに、と頷く。
「うん、もう一個あるな。――“新しい恋人”だって」
「新しい、恋人……」
カガリがきょとんとした後、三秒後に真っ赤になったのを見て、葉が笑う。今度は屈託のない笑みだ。
「ははは……参ったなぁ」
「ほんとに」
ぎこちない空気はもうない。照れ笑いはあるがさっきまでよりは恥ずかしくない。
「あ、カガリ、さっきの火傷大丈夫?俺が治してやろうか?舐めて」
「言ってろよ」
カガリは今度は注意深くコーヒーを口に運ぶと、熱いけれど火傷をするようなことはなく。そのコーヒーは微かに苦いけれど、それ以上に香ばしく感じることができた。
<終>
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お題:「夕方のカフェ」で登場人物が「恋する」、「花」という単語を使ったお話を考えて下さい。
ここだけの話ですが、今回登場した花、アリアケカズラという名前でもあったりします。カガカズも好きなので一瞬悩んだのは秘密だ。
お返事