■中毒 alcoholic■
冬は寒いものだと知っている。独りだと尚更染みるものだということを僕はこの冬に知った。
この冬、母が死んだ。父は物心つくころにはもうおらず、酒浸りの母を抱えて育った僕は、学校もろくに行ったことがない。
それでも、自分の稼ぎのほとんどを酒に費やすそんな母でも、死ねば寒くなる。心も、身体も。住むところも、ない。
「これからどうしようかな……」
歩道橋の上の寒風に身体をさらして歩きながら自分のこれからに思いをはせる。残された道は少ない。今まで小遣い稼ぎ的に出入りしていた犯罪組織のうちから適当なところでも選んで入るか。幸い、自分には才能がある。
「その才能、僕たちのために使う気はないかい?」
心を読んだようなタイミングで空から声が降ってきた。真冬の夜中だというのに、自分以外にこんな道に人が居るということがそもそも驚きだったが、上を振り仰ぐと浮かんだ影は二つ。大きな蝙蝠のような羽根を生やした男の影と、もう一つ少年の姿をした影と。
「ああ、妖しい者だけど、今のところ君に危害を加える気はないよ」
少年の姿をしたほうが目の前に降り立つ。不思議と身構える気にはならなかった。今の一連の動きで相手の能力を大体察したからというのもあるかもしれない。宙を自在に浮くには、レベル5かそれ以上のサイコキノの使い手だということだ。学校に行っていなくとも、経験としてわかる。
「……何者だ、あんた」
問うと、少年は思いがけない行動に出た。
にっこりと笑うと歩道橋の欄干に手をかけ、そのままひょいっと飛び降りたのだ。
「!?」
「少佐!」
蝙蝠の形をした影が自分のすぐ横を通って舞い降りる。見ると少年は地面から十数センチのところに浮いていた。追いかけた形になる影が髪の長い男の姿に変わり、着地するとその眉間に皺を作る。
「いきなりなにをするんですか、驚きましたよ」
「これが形式ってものだろ?」
どうやら立場的には少年のほうが強いらしい。
「別に驚きやしないだろう?」
何もかも見透かしたという顔で少年は振り返り、自分を見上げて告げてくる。
「そこから飛び降りておいで」
「え……?」
「できるだろう?」
そして理解する。少年は自分を挑発しているのだ。
「……」
「僕らはパンドラ」
欄干と少年とを見比べていると、唐突に少年が言い放つ。
「君の力、君自身とエスパーの未来のために使う気はないかい?」
「未来……?」
その一言はひどく新鮮に感じた。
今まで未来といえば母の酒代をどう払うか悩むことだったからだ。今日の寝床を、明日の食事を憂えることが人生そのものだった。
「それは人生とは言わないよ。僕らとおいで、もっといい景色を見せてあげるから」
どうやら少年はテレパスでもあるようだ。考えたことは全て見透かされている。
だからこそ逆に信じられる気がした。
欄干に足をかけて、少年のようにスマートにはいかなくとも僕は歩道橋から飛び降りる。
着地の衝撃はなかった。身体は宙に浮いている。なんのことはない、これが僕のメシの種。僕の超能力。
「来てくれて嬉しいよ」
あの欄干を超える時、ここから全てが変わるのだと感じた。そしてそれはどうやら正しかったらしい。
「君の名前は?」
「僕の、名前は――」
そして僕は名前を名乗る。
パンドラの一員としての物騒で少し愉快な生活への、これは第一歩だった。
<終>
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お題:「深夜の歩道橋」で登場人物が「決める」、「イルミネーション」という単語を使ったお話を考えて下さい。
沢山いるパンドラのメンバーの一人のお話。ちょっと新鮮だったので、しばらくモブシリーズやってみようかな・・・?
お返事