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hyoubutter short story

hyoubutterのショートショートストーリー集
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破片 pieces

まだ兵部が刑務所から出てくるちょっと前くらいの三幹部のお話。


■破片 pieces■

 夕暮れの街外れで翼を畳んで屋根に舞い降りる。廃墟ではあるがどこか趣のある煉瓦作りの建物の中へと入ろうとした時、唐突に兵部が隣にテレポートしてきた。
「少佐、に、葉、それに……!!」
 真木は息を呑む。一緒にテレポートしてきた葉と兵部に挟まれるように紅葉がぐったりと両肩を支えられていたからだ。
「紅葉!?」
「大したことはない。ちょっとした精神攻撃を食らっただけだから」
「向こうに精神感応系の合成能力者がいたんだ」
 兵部の説明に続けて葉が唾棄するようにまくし立てた。
「それで、相手はどうしたんです」
 今日はこの先の町にある超能力者犯罪グループへの襲撃を葉と紅葉そして兵部の三人で行う予定だった。真木は別件を片づけた後で、今になって集合場所の修道院跡に着いたばかりだった。
「僕が見逃すと思うかい?」
 剣呑な目線から反射的に逃げたくなって周囲を見回すと、葉も真木同様に兵部への恐怖心を浮かべた表情だった。
「ええと、真木さんの方はどうだったんだよ?」
「俺の方は予定通りうまくいった。もっといい集合場所があればよかったんだが」
 なにしろ地方の片田舎で、近場に宿屋もない。真木の任務先と襲撃先の両方から一番近い町を集合場所に選んだのは失敗だったかもしれない。出来る限り環境は整えたつもりだが。
「とにかく、紅葉を寝かせたい。ベッドの用意はしてあるかい?」
「鍵のかかる部屋を見つけましたので、そちらに用意を」
 本来は兵部に使わせるための部屋だったが、急遽紅葉をそっちに運ぶことにした。兵部のかわりに紅葉の肩を片方持って歩くと、サングラスのない白皙の顔に時折苦悶の表情を浮かべるのが見てとれた。
 用意してあった部屋のベッドに紅葉を寝かせると、兵部がその脇に座り込んで紅葉の額に手を当て、精神集中し始める。
「どんな能力者だったんだ」
「なんか、相手の恐怖心とかを煽るタイプの能力だったみたい。俺はちょっと捕まりそうになっただけだったけど……嫌なものを見そうになった」
 葉に説明を求めた結果、どうも趣味のいい夢を見ているとは思えない。紅葉はまだ呼吸が浅いし、兵部も汗を浮かべながら紅葉の精神の中へと入り込んでいくさまが見て取れる。が、ふとその集中が途切れた。
「真木!」
 兵部が目を見開くと同時にパン、という音とともに後ろで何かが割れる音がする。見るとそこに飾られてあった聖像が粉々に破壊されていた。たしかキリストの贈だったと思ったが。 
「僕以外の神なんて偶像でも不快だ」
「……以後気を付けます」
 そのせいで集中が途切れたのだとしたら悪いことをしたと思うし、言いがかりだとしても兵部が神だの侵攻だのの類を嫌っているのに気が回らなかった真木の失態だ。
「俺が片づけるよ」
 ピリピリとした室内の空気にいたたまれなくなったか、悪い夢の欠片を思い出しそうになったのか、葉がパタパタと部屋を飛び出していく。
「……ふう」
 葉の背中を目線で追っていた真木の後ろで、兵部が溜息をついた。
「少佐、辛くないですか」
「うん、終わったよ。紅葉は大丈夫だ。うなされる事もないと思う」
 兵部がそう言うなら大丈夫なのだろう。十五歳で成長を止めた掌に額を撫でられながら眠る紅葉の表情は穏やかで、質の良い眠りについたであろうと推測された。
「忘れてお休み、紅葉」
 そう告げる横顔は慈愛に満ちていて、先刻までの鋭い目つきとは別人のように思えた。そこが兵部の怖いところだ。慈愛と冷酷を同じ強さで併せ持っている。そしてそれは真木の目には時々ひどく危うく映るのだった。
「少佐もお休みになったほうが」
「そうだね。ちょっとそうさせてもらおう。休める場所はあるかい?」
「西側の端に紅葉用にも軽く整えた部屋があります、眠るだけなら」
「それでいい。ありがとう、真木」
 礼を言いながら部屋を去る兵部の背中に頭を下げる。普段は搬送役を一手に担うテレポーターの紅葉が受けた攻撃から逃げ去ることも、その心に巣くった悪夢を取り去ることも、たまたま獄中から出てきていた兵部なしではできなかったことに違いない。
 頭を上げると、そこにどこからか見つけてきたバケツとぼろ布を持った葉が立っていた。
「少佐に聞いた。紅葉、大丈夫だって?」
「見ての通りだ」
 紅葉はベッドの上で深くて規則正しい寝息を立てている。顔色も持ち直したようだった。
「……すげぇな、少佐は」
「まったくだ。任務、ご苦労だった」
「すごかったよ……いろんな意味で」
「だろうな」
 割れた置物を片づける手伝いをしていた真木の指先に、冷たいものが触れたような感触のあとに温かなものが指先から流れ出てきた。少し経つとそれは痛みを伴い、どうやら破片で指先を切ってしまったようだった。
「つっ……」
「ちょっと、平気?」
「大したことはない」
 暫く口に含むと地の味が口の中に広がる。痛みよりもその味から想起される嫌な思い出に眉をしかめると、葉が上目遣いで見つめてくる。
「何だ、心配するな」
「するなって方が無理だよ。今日はさ、色々あったから」
 大きな欠片はバケツに放り込んで残った破片をぞうきんで拭き取っている葉は頬を膨らませたままだ。
「じゃあ、その色々について聞かせてもらうとするか。紅葉にも誰かついてないといけないだろうしな」
「うん。二人で看てよう。で、真木さんにも聞いてほしい」
「ああ」
 真木はしばし兵部を見送った扉のほうを見ながら、今宵は眠れない夜になりそうだと覚悟を決める。軽く口を噛むと、燕下したはずの血の味が口の中に甦った。
 ひどく忌々しい心地だった。 
                                <終>

-----
題材[夕暮れの,信仰,うなされる,忘れて]恐い感じでやってみよう!

 恐い感じになりませんでした・・・せめて後味悪い感じにしようと画策したんですがほんとにどうしてこう・・・少佐のシャープな怖さをもっと出したかったです安西先生・・・・。


いつもありがとうございます。ダメダメながら励まされております。

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