カガ葉カガ。温泉地での話。
■甘味 japanese sweets■
甘い物は嫌いじゃない。苦手ではあるけれど。そうたとえば、抹茶よりは好きである。
あの苦い飲み物を年寄り連中がありがたがる理由がわからない。
というわけで、とある温泉地にやって来て、朝も早々から女性陣が評判の甘味処があるから行きたいと言い出したので、澪、カズラ、パティ、それに紅葉と葉とカガリとで出かけたのだが。
「本当に甘い物しかないんだな」
カガリは目の前に出された黒蜜きなこ餅を見てげんなりする。これでも一番甘くなさそうなのを選んだつもりだ。カフェならコーヒーでお茶を濁すこともできたかもしれないが、飲み物が抹茶しかないので食べ物をチョイスするしかなかったのだ。
女性陣といえば、あんみつぜんざいだとか、月餅パイだとか、果ては抹茶ソフトクリーム味わらび餅だのと見たこともないような甘味を平らげている。
「女ってホントに甘い物好きだよなー……あ」
同意を求めようと横に座った葉を見ると、白玉パフェを普通に口に運んでいる。
「なんだよ。やらねーぞ」
「葉兄ィ、甘いもの好き?」
「普通に」
「すげぇ……」
甘い物は別腹とは本当によく言ったもので、もりもりと食べまくる女性陣と葉を見ながら、カガリは小さく溜息をついた。
甘味処を出て女性陣が口にした言葉は。
「次どこ行くー?」
「あたしここ行きたい、昔ながらのたい焼き屋さんだって!」
「いいわね」
「次があるのかよ……」
げんなりとしたカガリに、片手をコートに突っ込んで歩いていた葉がふいに髪の毛に触れた。
「なっ!?」
「お前、黒蜜ついてる、ここの所」
葉がつまんだ髪の毛が一房、黒く濡れるように光っていて、見るからに粘っこい。
「あー、食べてる時つけちゃったか……」
「拭いただけじゃ取れなさそうね」
「じゃ俺、旅館に戻る」
カガリが言うと、葉も手を挙げた。
「俺も、カガリと一緒に温泉で裸のつきあいするー」
「何言ってるんだか……」
だが葉の言うとおり暖かい湯にでもつけないと固まらないまでも被害は拡大しそうだ。
「してらっしゃい、この子達はあたしが面倒見てるから」
紅葉の鶴の一声で、カガリは葉と旅館に戻ることになった。
旅館の廊下は寒い。その突き当たりに浴場があった。男湯と女湯は入り口からして違っており、男湯の中を覗くとスリッパが一つもないし、人の気配もない。どうやら中途半端な時間だから誰も入っていないらしい。
「貸し切りだな、カガリ」
「……なんで俺の腰に手を回すんだよ」
「いたいいたい」
葉の手の甲をつまむようにして捻り上げると、葉が悲鳴を上げる。
「あのな、一応公衆の場所だから、そういうのは無しな?」
「えー、つまんない」
「言ってろ」
髪の毛の汚れた場所を服につけないように慎重に脱いでいると、葉はあきらめたらしく脱衣所の出口の方へ行ってしまった。と、戻ってきた葉は自分の掌を見ると眉をひそめた。
「べたべたする」
「えっ?」
タオルを腰に巻いたカガリが葉の手を見ると、そこにも黒蜜がついていた。
「なんでそんな所に………俺の髪触った時ついたのかな?」
「いんや、その前からついてた」
「?」
カガリがどういうことかと考え込んでいると、葉は洗面台に手を洗いに行く。考え込むカガリに葉は肩越しに言い放つ。
「お前の髪に黒蜜つけたの、俺だから」
「……ハァ!?」
「会計の間に、皿についたのを掬ってさ。だって二人きりになりたかったんだもんー」
「なっ、なっ……!」
カガリは開いた口が閉まらない。つまり、騙されたということか。
確かに今回はパンドラの貸し切りではないし、部屋割りも一人ずつではないどころか同室ですらなかった。
二人きりになれる場所など、ないに等しいのはわかるが。
「あんた、迷惑すぎるんじゃねー?」
「そこは恋する気持ちだと思って見逃してよ」
手から黒蜜を洗い落とした葉が、まだ濡れた掌で大胆にもタオル越しにカガリの尻を揉む。
「おいセクハラ!誰か来たら……!」
「さっき戸にカギかけた上にモップで押さえといたから大丈夫」
「どんだけ腹黒なんだよ!」
「嫌?」
少しだけ拗ねたような口調でそう言われると、カガリは跳ねる心臓に気付かぬフリをして黙るしかない。
「……じゃねーけど」
「え、何、聞こえない」
「嫌じゃねーけどっ!」
葉がにんまりと笑う。してやられたと思わないでもないが、こうして密着していると劣情を煽られるのも確かな話で。
「……さっさと服、脱げよ。先に浴場で髪洗ってるから」
「はーい」
葉はあっさりとカガリを離す。カガリは浴場に向かいながら、髪についた葉の悪戯の痕跡を再度確かめて頬を僅かに染めた。
鯛焼きの包みを持った紅葉が旅館に戻ると、玄関ロビーを浴室側から歩いてきた二つの影と目があった。
「あら、少佐、真木ちゃん」
「やあ紅葉。楽しかったかい?」
「とっても。少佐も来ればよかったのに。はいこれお土産、チョコじゃなくて悪いけど」
「そんなことないよ。ありがとう」
兵部は笑顔で受け取る。あ、と紅葉が思い出したように付け加える。
「カガリと葉の分も入ってるから。あの二人、途中で帰っちゃって」
ああ、と兵部は真木に目くばせをした。
「それならわかってる」
「あら会った?」
「いや、会ってないよ?」
浴衣姿に風呂用具を持った兵部は同じ姿の真木に鯛焼きの包みを持たせて、相変わらず涼しい顔をしている。
一方荷物持ちにされたほうの真木だが――何故か顔が赤い。
「真木ちゃん、顔赤いわよ、長風呂でもしたの?」
「いや浴室には入れなかっ――な、なんでもないっ」
「?」
真木はやたらと赤くなってそわそわしているし、兵部はそれを見て悪戯っ子の顔で笑っているし。
「何があったの?」
「ん?浴室の戸が開かなかっただけだよ。ね、真木」
「そうです。少佐がサイコメト――いや!やっぱり、なんでもない」
一言一言を区切るようにゆっくりと発音した真木はなんとか平静を取り戻したが、相変わらず紅葉が怪訝な顔で二人を眺めていたことに変わりはなかった。
<終>
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お題:「朝の温泉」で登場人物が「騙される」、「蜜」という単語を使ったお話を考えて下さい。
甘めのお話です。真木兵部はよく温泉にやって来ますが、たまには他の面子だって一緒にいるんだということを思い出してあげてください。
お気に召しましたらぽちっとね☆