■リキュール liqueur■
その日は昼間から快晴で、絶好の外出日和だった、はずなのだが。
紅葉の部屋の戸をノックすると、どうせ買い物にでも行っているだろうという葉の予想に反して「どうぞ」と返答が返ってきた。
「紅葉ー、紅葉ネーさん、いるの?」
「いたら悪いのかしら?」
真木に頼まれていた買い出しは明日までということだったが、このぶんなら今日のうちに済ませられるかもしれないと意気揚々とドアを開けて中に入ると、部屋のソファに座って、据わった目で葉をじろりと見る紅葉がいた。
なんだか様子がおかしい。そういえばさっきも呂律が回っていなかった気がするし、それに部屋に充満するこの甘ったるい匂いは――。
「うわっ、酒くさっ」
「なによ、チョコレートリキュールよ、酒のうちに入らないわよ」
びしっ!と葉に瓶を突き出す。1リットルやそこらは入っていたであろうその瓶は、受け取るとほとんど中身が残っていない。
「一人で飲んでたの?朝から?」
「なわけないでしょー、ゆうべからよ」
よく見るとテーブルの下には他にもリキュール類の瓶が転がっている。
「なにが哀しくてバレンタインデーの翌日にチョコレートリキュールまみれになってんだよ、もー」
「もらったんだもの!あけないと悪いでしょ!」
「誰から」
酔っぱらい特有の大声に辟易しながらも問い返しながら、葉は紅葉の向かいのソファに座る。
「真木ちゃんよ。大使館の女の子から貰ったけど飲まないから、とか言ってさ。真木ちゃんたら女心がわかってない!」
「あー……それはたしかに、わかってないかも。その子の気持ちも、紅葉の気持ちも」
葉が合点がいったと頷きながら呟くと、紅葉がにらみつけてきた。
「あたしの気持ちなんかどうでもいいのよ!」
「嘘ばっか……」
どうでもいいならこんなに羽目を外すほど酔っぱらうはずがないのだ。
「葉!あんたも女心のわからない男ね?」
「俺個人に対してなのか男全般に対してなのかは聞かないでおくよ。――っと、なんだよ紅葉……?」
紅葉は自分の席を立つと葉の隣にすりよってきて、がっしりと肩を組む。
「行くわよ」
「え?どこへ?」
「買い物」
「なんで」
「うっさい!行くったら行くの!」
と言いながら紅葉は自分のシャツの裾を引っ張る。そこには茶色い染みがついていた。
「こぼしちゃったのよ。かわりを買わないと。行くの、行かないの!?」
とても行かないと言える雰囲気ではない。紅葉の剣幕に押される形で葉は紅葉を支えながら、こっそりと意見する。
「別にさー、部屋の着換えでいーじゃん?」
「新しいのがいいの!!なによ文句ある?」
あるというか文句しか言っていない気もするが、紅葉はそんなことすらどうでもいいらしい。なんだか少し哀しい気持ちになって、葉はひとつ溜息をついた。
「はぁ」
「……」
紅葉はじろりと葉を睨むと、捕まえていた葉の肩を離して睨み付けてきた。
「なんだよ、紅葉」
「溜息。なんかすごく真木ちゃんぽかった」
そりゃあ、真木の気持ちも分かろうというものだ。その時。
「あらあら、仲良しさん?」
たまたま紅葉の部屋の前を通りがかったマッスルが二人に声をかけてきた。というかドアが開けっ放しなので誰でも廊下から二人の様子を見ることができた。
「もう仲良しじゃないわ」
紅葉は葉から身体を離すと、よろけながらもマッスルに絡みにいった。
「聞いてよマッスル、もう男なんて嫌~」
「あたしは男のほうが好きだけど、どうしちゃったの、紅葉?」
マッスルに対してうそ泣きをしている紅葉が何も言わないため、葉がこれまでのいきさつを簡単に話す。
「かわいそうに。恐かったのね?」
「なんだそれ」
「そういうことってあるのよ。オンナにはね」
いつの間にかマッスルに頭を撫でられるままになっていた紅葉のうそ泣きは本当の涙になっていて、葉の胸が痛い。
なによりも紅葉の苦しみをマッスルのように理解できないことが辛かった。
「わかったら男じゃないわよ、仕方ないの。愛されるのって、すごく難しいから」
見透かしたようにフォローに入るマッスルに、葉は苦笑するしかない。
「どうやらこの場は、マッスルに任せるのが一番らしいな」
「そうしてもらえるかしら。そのほうが紅葉も落ち着くわ――でしょ?」
紅葉は小さくこくりと頷く。もう買い物に行くつもりはないようで、マッスルと二人で部屋に戻っていく。
「……ちぇ」
小さく舌打ちすると、葉は紅葉の部屋の扉から出て、音を立てずにその戸を閉めた。
部屋の外はまだ昼の日射しが強かったが、葉もまたアルコールを求めてラウンジへと向かった。
<終>
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お題:「昼の部屋」で登場人物が「愛される」、「アルコール」という単語を使ったお話を考えて下さい。
愛されたい紅葉。男ゆえにそれがわからない真木と葉。両方の気持ちが分かるマッスル。という組み合わせで物語を回してみたらこんな感じになりましたとさ。