■土曜日 Saturday■
駅前のタクシー乗り場付近にリムジンを横付けする。土曜の夕方ということで人の群れは決して少なくはないが、堂々と停めていると案外咎める者はいないものだと葉は知っていた。
サングラスをずらして周囲を確認すると、携帯メールにあったようにタクシー降り場の標識の下から一人の少年が走り寄ってくる。
「悪ぃ、葉兄ィ」
「いいから、早く乗れ」
後部座席ではなくて助手席を指すと、言われたとおりにカガリがドアを開けてシートに滑り込んでくる。葉はすぐにリムジンを発進させた。
「ったく、何やってんだよ。降りそびれて終点に着いちまっただぁ?」
「……疲れて眠っちまったんだよ」
少しむくれた顔をして目深に被り直したカガリの帽子を、葉が素早く取り上げる。
「取るなよ!」
「うるせー」
今日は学校の友人と遊ぶとかで朝から不在だったカガリの帽子の下の顔は、電車の中で眠ったせいなのか特に疲れた様子はない。
信号が赤になると車を停車させてカガリの頭を引き寄せる。
「シャンプーの匂いがする」
「ちょ……葉兄ィ、っ」
カガリの頭に顔を埋めるも、すぐに手を放してハンドルを握り直す。
「そういやお前、アレなの?プールが駄目なのはわかったけど、風呂とかシャワーとかも実は苦しかったりすんの?」
「関係ねーだろ」
葉の視界の正面で、信号が青に変わる。そして同じ視界の隅のほうでカガリが葉の膝の上に放置されていた帽子を取り返すのが見えた。
「興味あるし。今度一緒に入ろうぜ」
「今度といわず別に今日でいいだろ」
カガリは帽子をもう一度被り直すと大きくため息をついた。諦めと同意の表情だ。
「そ?よかった、カガリが普通で」
「どういう意味だよ」
「ちょっと嫉妬したから」
「へ?」
葉の言葉の意味が計れなかったらしい、カガリががばっと身体を運転席に向けて疑問符を投げかけてくる。
「朝起きたらもうお前いなくなってんだもん」
「仕方ねーじゃん、遊ぶ約束してたんだから」
「そうかー?ホントに遊び相手はただのダチなのかなーとか、葉お兄さんは心配です」
「こんな時だけ兄貴ぶるなよ」
カガリの機嫌がどんどん斜めになっていくのがわかる。けれど葉は自分でも不思議なほど自分自身のエゴを止められずにいた。
車のハザードランプを押すと適当に路肩に止める。自分のシートベルトを外すと、元からベルトをしていないカガリの腕を強く引き寄せる。
「ちょ、ちょっと、なんだよ」
「今日はこのまま一緒に風呂な。で、朝までずっと一緒にいろよ」
リムジンの運転席と助手席の間の隙間を一気に詰めてまっすぐにカガリの目を見てそう告げると、カガリが頬を紅潮させた。
「……えっと……それは要するに……」
「――駄目か?」
少し俯いて上目遣い気味に問うと、カガリは真っ赤な顔でそっぽを向いて答えた。
「……まあいいよ、明日も休みだし」
照れ隠しにむくれたカガリの横顔を見ながら、葉は心の中で土曜日という今日に感謝していた。
もう一日、日曜日という可能性を残した素敵な日に。
<終>
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お題:「夕方の駅」で登場人物が「嫉妬する」、「シャンプー」という単語を使ったお話を考えて下さい。
週休二日じゃなかった頃の生活なんて考えられませんねー。葉ちゃんは、つかパンドラは全員が自由業でしょうが。
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