■レンタカー Rent a car■
身に纏う黒い学生服は喪服なのだという。はじめて聞いた時、背筋が伸びる思いをしたのを覚えている。
夏の暑い日でも、その服装を崩すことはめったにない。気温?湿度?それがどうかしたのか?と言わんばかりの涼しい顔の下で――
実はしこたま暑がっているのだということを真木は知っていた。
「暑すぎる、真木」
「俺に言われても……」
ここはカタストロフィ号の中じゃない出かけ先のホテルへの道すがらで、真木が温度調節できるわけでもない。
「ホテルへはあと少しですから」
テレポートできればいいのだろうが、いつも利用する宿が取れず兵部の知らないホテルをとったため、そして真木の運転するレンタカーの冷房が壊れていたため、車内は車外とほぼ同じ気温で湿度である。
「暑い暑い暑いー!」
助手席で喚きながら学生服を剥ぐように脱いでいくと、内側のシャツの襟を緩めて前もはだけさせようとする。
「ちょ、ちょっと少佐!」
「なんだよ。欲情した?」
「そうじゃなくて、みえ……見えますっ!」
「何が」
「その……」
ちらちらと目線をその場所に投げかけると、兵部が助手席の窓の上のシェードの裏側に据え付けられている鏡を開いて
自らの姿を確認した。
にやあ、と笑うと、真木が僅かに顔を赤くして照れている。
「キスマーク、だねえ。おや、ここにも、こんなところにもっ」
「分かったならわざわざシャツの前を開けて確認しないで下さい!」
真木の気持ちも分からないでもない。愛の交歓の徴を日の光の下で見るというのは背徳的でいて隠微なものだ。
一方真木は意識は兵部のほうに向けたまま車の操作に必死である。
「まーぎ」
赤信号で停車した隙に、シャツの前はそのままに真木に抱きつく。
「なっ、なっ、なっ……」
突然抱きつかれて、真木の思考が沸騰しそうになっているのがわかる。
「車の中とはいえ、外から見えますから!そういう行動は……!」
「なんだよ、意気地なし」
何かというと常識を盾に自分の欲望や想いをひた隠しにする真木に対する、若干の皮肉もこめて上目遣いに見上げると、真木が何かを決意した顔をしている。
「?……!?」
「そちらが誘ったんだから、合意の上ということで」
首の後ろから後頭部を支えるようにして引き寄せられて、少し仰向いた唇にキスが降りてきた。
「……っ、ん」
口内を攫うような思いがけず濃厚なキスに身体の力が抜け、身を預けたところで真木の唇が離れ、身体も助手席のシートへと押しのけられた。
「え…?」
理由はすぐにわかった。信号が青になって、車が走り出した。真木は運転に戻っている。
「満足ですか?」
「満足って――全然」
「……では後で満足させて差し上げますから、今はキスマークを隠して大人しくしていて下さい」
「はーい」
「あと、シートベルトも締めてください」
「はいはーい」
出来る限り軽い口調で頷きながら、兵部は自分の中の甘い疼きとともにシートに身を委ね、己の唇にそっと自分の指で触れてみた。
ついさっき真木の唇が降れたそこは、いつもより少し熱いような気がした。
<終>
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お題:シチュ:出掛け先、表情:「上目遣い」、ポイント:「キスマーク」、「お互いに同意の上でのキス」です。
コテコテでGO!そして攻めらしい攻めにはなれなかった・・・
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