■ラブレター love letter■
期待してなかったと言えば嘘になる。
「あの……これ……」
呼び出された学校の廊下で会ったのは隣のクラスの女子。肩口でそろえた髪に夕方の光が写りこんで柔らかに輝く。頬は赤い。そして手には白い封筒。
「……、なので――お願いします!」
そしてカガリは。
少女が去る時には、一通の封筒を手にしていた。
「……参ったな」
校門前を歩きながら、カガリは一人呟く。
確かに憧れはした。好きな子から、学校で告白される、というシチュエーションに対するものだ。けれどそもそも好きな子どころかまったく知らない女子だし、それにそういった妄想は思春期の憧れとともに消えゆく類のものだと思っていたが、手の中に封を開けていない白い封筒が残っていると、嫌でもこれが現実だと突きつけられる。
「なんで俺なんだよ」
「何を困ってるんだ?」
後ろ、というより斜め上後方から声をかけられて、咄嗟に封筒を隠しながら上を仰ぐ。
「葉兄ィ!」
宙に浮いた葉がちちち、と人差し指を立てて左右に揺らす。
「俺がやって来るのにも気付かないんだから、よっぽどなモノなんだよなあ、『それ』」
「……!」
どうやら葉には上から覗き見られていたらしい。それでも最低限のプライバシーを――自分と彼女の――守るために抗議する。
「別にどうでもいいだろ」
「ラブレター?」
「つっ……」
反論しようとして黙り込む。その一瞬の沈黙をついて葉がたたみかけてきた。
「当たりだった?ホントにラブレターなの?」
「……他の奴には言うなよな」
仕方なしに肯定した。これで手紙を見せろと言い出さなければいいのだが。
「見せてよ」
――やっぱりこうなるよな。
「……見せるだけな」
思い切りしぶしぶ葉の目の前に封筒を差し出すと裏表を翻して見せる。宛名も自分の名前も書いてない清潔な白い封筒に、鳥のシールで封がされていて、シンプルだけれどとても女性らしい。
「ったく、他の奴には言うなよ」
「カガリったら優しいー、相手の子に配慮してるの?」
「そりゃするだろ、多少は」
名前も知らない相手だけど。いやそんな相手だからこそ。
「これ、カズラなんかにも見せたりするの?」
「ハァ?見せねーだろ」
「お友達の東野君とかと一緒に見て話題にしたりとかさー。なに、三角関係?四角関係?いやーん最近の中学生は複雑ー」
一番複雑にしてんのはアンタだよ!という一言をすんでで飲み込み、口を思い切り不満げに突き出して葉に告げる。
「もういいだろ、俺を迎えに来たんじゃないの?」
「そうそう、澪達からお前だけがまだ学校に残ってるって聞いてな」
葉が後ろを指指すと、角を曲がったところからリムジンの鼻先が見える。
「じゃー帰るわ」
「その前に一つ質問」
「ん?」
「そのラブレター、返事どうすんのさ」
葉が少し不機嫌そうに見えるのは気のせいだろうか。
「出すんじゃねーの、ちさとが」
「ちさと?」
「東野の幼なじみ。だってこれ、ちさと宛てだもん」
「え?かわいい女の子からカガリあてのラブレターじゃないの?」
「隣のクラスのかわいい女の子から、かわいいクラスメートの花井ちさとにあてたラブレターだよ」
葉が珍しくぽかんとした顔をしている。無理もない、自分も葉が現れるまでこのラブレターをどうしたものか悩んでいたのだから。
「女子から女子にラブレター?」
「そ」
「……最近の女子ってよくわかんねー」
「俺も」
二人揃ってため息を吐き出すと、視線を合わせてどちらともなく笑い会う。
夕陽が二人の影を長く伸ばしていた。
<終>
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お題:「夕方の廊下」で登場人物が「告白する」、「手紙」という単語を使ったお話を考えて下さい。
本誌で、ちさとちゃんが8Bに入っていると聞いて!
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