この国の情勢を一言で言うのならば、不穏である。
国土の半分を砂漠に囲まれ、オアシスであった街が発展して、砂漠の風景とは相容れない近代的な町並みを作っている。そんなO国の国境近くの街を、真木と兵部は歩いていた。
時刻は深夜で、昼間の暑さは嘘のように消え、人影も少ない。
「もし……」
照明もない路地裏を月明かりだけで進んでいると、正面から声がした。
「!?」
咄嗟に防戦体勢を取る真木の肩に手を置くと、兵部が声の主へと歩み寄る。
「どうしたい、お嬢ちゃん?」
兵部が屈み込んだ高さと声から察するに、声をかけた相手はまだ十歳そこそこ程度の少女といったところか。
「お花を買っていただけませんか。これが売れないと、私はおうちに入れないのです」
「そうかい。けど残念だけど、僕らは君に撃たれてあげる訳にはいかないんだ」
「!!」
「……!?」
兵部の言葉に身構える少女と、炭素繊維の翼を兵部を護るように展開させる真木。
何気なく肩の高さに揚げられた兵部の掌の中に、テレポートで黒い鋼鉄製の何かが姿を表す。それは小さな拳銃だった。
「あ……私の銃……!」
少女は身体を震わせ、花を地面に取り落として呆然と兵部の手を見ている。そして殺されると思ったのだろう、絶望的な目で真木を見た。
「返してあげるよ。商売道具なんだろう?」
言いながら兵部は慣れた手つきでシリンダーから銃弾を抜き去る。金属音を立てて鈍く光る銃弾が地面にバラ蒔かれた。
「ただし」
兵部が銃を持っているのとは逆の手で少女の髪を撫でる。肩口より少し長めに伸びた髪は綺麗な赤毛をしている。
「銃弾は僕がもらったから。それと、こんな危険な商売からは足を洗うことをおすすめするよ」
兵部が少女の手を取ってその手に銃を載せると。
「ひっ――」
少女は忌まわしいものに触ってしまったという手つきで銃を振り落とすと、そのまま走って逃げてしまった。
「追わないのですか?子供とはいえ、命を狙われたんですよ?」
――その上、兵部の能力に驚くあたり、エスパーではなくノーマルっぽかった。ノーマルを根絶やしにすると日頃から口にしている兵部にしては、手ぬるい対応だろう。
「いや、なんか、ちょっと前に似たようなことがあってね、どうもそういう気になれなかったのさ。――僕もたいがい甘いな」
兵部が軽く頭を掻く。少しだけ申し訳なさげに。そして落ちていた花の一つを拾って眺める仕草は、何かを思い出しているようだった。
「似たようなこと……?」
少女。花売り。そういえば、そんな話をどこかで聞いたような――真木が考えを巡らせている間に、兵部は銃をまたいで路地裏を再び歩き始めた。
そうだ、コレミツが言っていた。一人の花売りの少女と、テロリスト達の話。
「ネオ・クリア燃料の時か」
余談だが、兵部の怒りに触れたゆえに起きたその事件のせいで、パンドラはテロリストとのパイプを失うことになった。
真木は一瞬花や銃を拾うべきかと迷ったが、手に持った花を手放して歩き出した兵部の迷いのない足取りを見て、拾うのをやめ、追うのに専念する。
路地裏に残された、誰のものでもなくなった一丁の銃と、いたいけな花々を、月だけが見ていた。
<終>
-----
お題:「深夜の路地裏」で登場人物が「髪を撫でる」、「花」という単語を使ったお話を考えて下さい。
ネオクリア燃料のコミックスの扉絵の真木さんの荒みっぷりが愛らしいです。
ラブ要素のないお話になってしまいました。まる。
いつも拍手ありがとうございます!とっても励みになってます!!