■シャイボーイ theatre kiss■
たまにはデートっぽいのもいいだろう、と葉に誘われて二人でやって来たのは、今カタストロフィ号が停泊してある港から最も近い、とある地方都市の映画館。
そこそこ話題になった洋画だったが、問題は観客だった。
「……俺らの他には、もう5、6組ってとこか?」
「だね。一人で見に来た男性か、カップルしかいない」
ポップコーンを頬ばりながら葉とカガリはぼそぼそと映画館のスクリーンの前で話しあっていた。人が少ないので自然と小声になるのだ。
「日曜日なのにこの観客の入りってひどくねぇ?」
「恋するカップルの上にも不景気の風は吹くってことなのかなー」
ずずず、と葉がオレンジジュースをすすると、館内が暗くなり、かわりにスクリーンがぼんやりと明るくなってきた。
「あ、始まる」
そんなこんなで映画の上演が始まった訳だが。
葉は前半が過ぎたところでこっくりこっくりと居眠りを初めてしまった。
(何しに来たんだ、この人……)
カガリは呆れながらも、それなりに映画を楽しんでいた。なんだかんだ言って大スクリーンで見るのは迫力があるし、主人公の暑苦しい正義感も、ヒロインのバタ臭さも嫌いではなかった。
そして物語終盤のラブシーンに突入して、隣の葉が寝ていることを心中で胸を撫で下ろしていたカガリだったが。
「!?」
唐突に葉から長袖の裾を掴まれて飛び上がりそうになる。
「何だよ、葉兄ィ!」
周りに聞こえないように気を遣いながら葉に質問してみたが、葉は手の甲の側から指を絡めるようにするとまた知らん顔をしてスクリーンのほうを向いてしまった。
(……なんなんだ、ホントに)
気が付くとラブシーンは終わっており、カガリは残念なようなほっとしたような心持ちながら、葉に握られた手が熱くなるのを感じながら、精一杯気にしていないフリをして映画を見ていたのだった。
上映が終わり、場内が明るくなっても葉はカガリの手を離そうとしない。というか、わざとらしくまた寝たフリなどしだした。
「葉兄ィ!終わったってば、帰るよ!」
「んー、まだー」
「何がまだなんだよ!」
「……」
葉が片目を開けて唇を笑みの形につり上げる。
「キスしてくれたら、起きる」
「んなっ、な……っ!」
たしかに自分たちの後ろの座席には人はいないし、前に座っていた人々は三々五々帰り支度に夢中だ。だからといって、だからといって!
「ああもう!」
半ばヤケクソになりながら葉のシートに覆い被さるようにしてその唇を啄むと、すぐに元の姿勢に戻る。
触れるだけのキスだったが、葉はご機嫌な様子で立ち上がると、カガリの手を離してわざとらしく伸びなどしている。周りに気付いた者はいないようで、ほっとしたのもつかの間。
「今度あれ、やろうな」
「は?」
「さっきラブシーンでやってたやつ。口に氷を……」
「わーわーわー!」
寝たフリをしながらそこだけはきちんと見ていたらしい。
思わず大声で葉の言葉を遮ると、何事かと他の観客たちに見られて、結局恥ずかしい思いをしてしまったカガリだった。
<終>
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お題:「夕方の映画館」で登場人物が「恋する」、「長袖」という単語を使ったお話を考えて下さい。
口に氷を・・・入れてから喋ると息が白くならないから寒い場所での撮影はそうやって撮るらしいですよ?(しれっ)