■アクシデント first kiss■
カガリは水が苦手である。こればかりは体質なので仕方がない。カタストロフィ号のプールもかたなしである。
同様に泳ごうとしない面子といえば兵部もあまり水遊びしようとはしないが、たまに素足で水につかっているだけでいいとか何とか言ってプールの際に腰掛けて膝から下だけ水に浸っては、紅葉にじじくさいと笑われている。
カガリがそんなことを考えていたのは誰かさんに「特訓してやっから!」と水中に突き飛ばされてひどい目にあった翌日のこと。なかなか眠れずに甲板をブラついていたらいつの間にかプールの近くにまで来ていた。近くに人影はない。
なんとなく兵部の真似をしてプールの縁に腰掛けてみたものの、サンダルの中の素足を水に入れる気にはなれない。現在停泊している場所がそれほど暑くないというのもあるが、やっぱり昨日一日寝込むハメになったのは心理的に大きかったらしい。認めたくはないが。
揺れる水面を斜めに眺めていると、後ろから声をかけられた。
「おっめー、まだ泳げねーの?」
「葉兄ィ!」
できる限り険しい形相で振り返ると、葉が涼しげな顔で立っていた。こんな時間なのに水着姿で、いかにもこれから泳ぎますといった感じだ。国境も時差もないカタストロフィ号にはありがちなことだが、どうもここ数日昼夜逆転の生活をしているらしい。眠れないので運動に来た、ということか。
また突き飛ばされてはたまらないと立ち上がろうとした時に手で制止される。
「あー昨日は俺が悪かった。もうやらねーから安心しろ」
そう言ったかと思うと距離を保ったままプールの縁からプールの中へと飛び込んでしまった。もう立ち上がる理由もないからとカガリも座り直す。
「じゃあ俺がこれから言うこと当てて。いいな?」
葉が一方的に言うととぷん、と頭まで水中に潜ってしまう。カガリが目を丸くしていると、カガリの座っている場所の手前にまで葉がやってきて、頭を仰向けにすると口を開いた。
「がぼごぼぼどががめご?」
「悪ィ、全っ然わかんねー」
空気と言葉とで、せいぜいうがいしているような音にしか聞こえない。
「えー、聞こえなかった?」
顔だけをぽかりと浮かばせてカガリに問う。葉はカガリのいるプールサイドに仰向けになって頭を向けているので、カガリからしてみれば逆立ちした人間と会話している恰好なわけだが、残念ながら葉の言おうとしていることなどさっぱりわからない。
じゃあもう一度、と葉は水中に潜る。
「まがぎぐどががぼがぼぼ」
「…やっぱりわっかんねー」
「お前がそんな離れてるのが悪いんだよ。もっかいやるからもっとこっち来い」
葉に言われてカガリがプールの縁ギリギリまでにじり寄る。
「そんなんじゃなくて、膝と手をついて顔近づけて」
「……っと……こう?」
素直に手をついたところに、急に頭の後ろに重圧がかかった。
「!?」
死角になっていて気付かなかったがよく見ると葉が水中から手を出してカガリの後頭部を水面に引き寄せている。いや、葉の顔に、だ。
「もうキスとかした?って聞いたの」
「!」
カガリの脳裏に先日からかわれたことが甦ってきた。
「も、俺だってガキじゃねーんだから、笛とか間接キスとかどうでもいいし!」
「じゃあキスはまだなんだ?」
問われてドキリとする。カガリだって思春期の男子だから、そういうことに興味がないわけではない。そして興味があるということは、まだ知らない、ということを意味していた。
鼻と鼻をつきあわせるような距離に葉の顔があって、頭の中が真っ白になる。水に濡れた吐息が頬にかかって、やけに生々しい。
「目、閉じろよ」
「っ……」
どうしたらいいのか、何が起こるのか、九割は何も分からないままなのに、残りの一割の予感と願望とが何故か胸を締めつけてくる。
「俺が教えてやっから」
胸が重くて苦しくて動けない。そのままどのくらいじっとしていただろう。唇に何かが触れる感触があって――
「つっ!」
痛みに頭を引くと、葉の手も離れた。解放されて、でもまだ混乱している。
「――痛ぇよ、馬鹿!」
葉はカガリの下唇を噛んでそのままカガリへの束縛を解いたのだった。
「お前協力的じゃないから教えてやんねー」
「だからって噛むことないだろ!」
反射的に反論しながらも、カガリは考え続けている。
下唇だけの触れあいは、果たしてキスに入るのかどうなのか。もし入るとしたら。
「どうしてくれんだよ、俺のフォーストキス!」
泣きたい。相手が葉だったから嫌という訳ではない。もっと複雑な気持ちが渦巻いていてうまく自分でも説明できないが、どちらにせよ今のは不本意だった。
もっと何かあるだろうに。ドラマみたいな、とは言わないが、もっとロマンティックなものではないのか。こんな中途半端な――これではまるで事故だ。
カガリの心中の嘆きをよそに、プールの中に立った葉が髪を両手でかき上げながらにんまりと笑った。
「なぁんだ、まだだったんじゃん」
「うるせえ!この……!」
あとはもう激昂しすぎてうまい言葉が出てこない。出てくるのは罵声のみ。
「も、アンタどっか行けよ!」
「はーいはい」
違う。単に怒っているのとは違うのに、必ずしも葉を見たくないとだけ思っているわけではないのに、やっぱりカガリの中でその思いは言葉になってはくれない。
こんな時だけカガリの言うことを聞きいれた葉がプールからあがると、ひたひたと足音を立てながら裸足でプールサイドを歩いていく。混乱から脱却できずに動けないカガリを残して。
誰に対して歯がゆいのかもわからず、ただ頬を染めて震えるカガリに、葉が足を止めて顔だけをカガリに向ける。
「でもラッキー」
「ハァ?」
「俺が、ね」
「??」
混乱と相まって何のことかさっぱりわからないカガリがさっきから身じろぎもできずにいるのとは対照的に、立ち去っていく葉の足取りは軽く、何故かやけにご機嫌だった。
<終>
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お題:「夜のプール」で登場人物が「噛み付く」、「裸足」という単語を使ったお話を考えて下さい。
またプールです。またしても。サイトにあげたのや同人誌に入っているのを入れると何度目だ、プール。嫌いじゃないけどプール。
ちょっとサイトから離れた真木×兵部がらみだけではないものを・・・と思って浮かんできたのがカガ葉カガだったので、チャレンジしてみました。
次に書くときには受け攻めをはっきりさせたい・・・!葉ちゃんの相手が兵部なら攻めというのは決まってるんですけどねー。ドSの割に時折受けオーラを出す難儀な人、それが葉ちゃん。
カガリは受け!攻め!っていう要望・指摘のある人は、ぽちっと拍手してコメントしてくれると嬉しいです。期限なし。
お返事