■マッサージ massage■
その日は雪が降った。
「カタストロフィ号にいる時に降ってたなら風流だと言えたのにねえ」
「出先では風情がないですか」
「こんな場所で風情もなにもないだろ、フツー」
「はぁまぁ……」
真木にしてみれば二人で雪を見られるというだけで嬉しかったのだが、その相手たる兵部の反応がイマイチなため若干消沈せずにいられない。
しかもパンドラの若いメンバーが取引をする現場を、当人達に知られないように遠くから視察している最中で、隠れる場所の関係で二人で泣く泣く露天でじっとしているため、寒さは増すばかりだ。
「まぁ今日は厚着してきたからいいけど」
コートの襟を握りながら呟く兵部に問い返す。
「何枚着てるんですか?」
「……ろく、しち…九枚」
「………」
風邪になどなってはいけないからと思って訊ねた真木だったが、どうやら杞憂に終わりそうだった。
ホテルでシャワーを浴びて温まった後に時計を見る。時刻は夜の八時。時差を考えるとまだまだ仕事はできそうだと判断して、真木は備え付けの部屋着ではなくスラックスとシャツ姿になる。気分の問題なのだし、さすがにジャケットとネクタイはなくてもいいだろう。
持ち込んだノートパソコンに電源を入れたところで、素足が目の前に出現してぎょっとする。均整の取れた足首から上を見上げると、裾が太股の半ばまでしかない部屋着を着た姿で、兵部が宙に浮いていた。
「少佐!?」
「やあ、真木。また仕事かい?」
おそらくテレポートでホテルの真木の部屋にやってきたのだ。そのくらい唐突な出現だった。
「これからやろうと思っていたところですが」
「そっかー、じゃあ待ってるね」
と、浮いたまま真木の部屋を移動すると、真木の部屋のベッドにうつぶせになる。
「?」
「いや、今日寒かったじゃない?お風呂入ったはいいけど、肩こっててさー、悪いけどあとで揉んでくれない?」
「それなら今すぐやりますよ」
パソコンの前の椅子から立ち上がると、兵部が顔だけ真木に向けて笑う。
「そう、ありがとう」
「辛いのは肩ですか?」
ベッドの横に屈み込むようにして兵部の肩を掴む。
「あんっ!」
「!!」
いきなりの嬌声に真木は一歩後ずさりしてしまった。
「ちょっと、何のけ反ってるのさ」
「変な声を出さないでください!」
驚いた。なんというか、情事の時のような色っぽい声だったのだ。
「どうしたの、変な想像でもした?」
「わ、わかってるならもう少し声を自重してくださいっ」
「はいはい、わかったよ――んっ」
さっきは少し強く揉みすぎたのもあるかもしれないと、今度はやんわりと肩から肩胛骨にかけてを揉みほぐす。
「あっ、んン、……あ、あん…もっと……そう、そこ、いいっ、ア――」
「……」
なんだか眩暈がしてきた。次第に真木の手が動きを緩めてしまいには止まってしまう。と、兵部と目があうと、兵部がニヤリと笑った。
「どうしたんだい、真木?焦らしプレイかい?」
その顔とその一言でようやくわかった。わざとやっているのだ。兵部は殊更に悩ましげな声を出して真木をからかって遊んでいるのだと。
そっちがその気なら。
「真木、早くゥ~。…って、えっ、やだっ!」
兵部の背中から手を下半身へと移動させて、膝の裏を撫でると両足の間に手を差し入れて内側を撫で上げる。部屋着の裾に掌を潜らせるようにして足の付け根まで掌を運んでから、手を少し移動させてやや強めに、内股を足の先まで撫で下ろした。
「やぁっ、ちょっ、やめ、ああんっ」
兵部の抗議の声が聞こえるが、真木とて意地だ。兵部の性感帯を執拗に指の腹で追い、責める。
「んっ、あ――ああ、っ、ふぁ……」
兵部の声が途切れ途切れになるまで体中を撫でまわした頃には、兵部はぐったりとして動かなくなっていた。
「じゃあ、いいかげん肩揉みますから」
「真木――ぃや、もっと違うのッ……アン!」
兵部の言葉は無視して問い返すこともせず、真木は黙々と兵部の肩を揉みはじめた。
そして十数分後。
兵部はすっかりへばってしまったらしい、少しだけ荒い息を枕に押しつけて殺しながら、肩の力を弛緩させて真木のベッドにあいわらずうつぶせで横たわっていた。
「疲れましたか?」
「当たり前だろ!あんな……あんなっ!」
兵部の腰がもぞもぞとベッドに腰を押しつけるように動いたが、真木の視界には写らなかった。
「俺はマッサージしかしてませんが……」
「――っ!」
無言で頭を振る兵部が耳まで真っ赤になっているのを見ながら、真木は自分の役割は終えたとばかりその場を離れてパソコンへと向かう。
「ええっ、嘘!?」
「はい?」
「真木、僕はその……このまま、なのかい?」
このまま?兵部の言っていることがいまいちよく分からないが、真木はチェアを軋ませて身体を捻りながら兵部を見遣る。
「どうかしましたか?まだ痛いところでも?」
「~~!!も、もういいっ、何でもないっ」
「??」
いったい何のことなのかさっぱり分かっていない真木にそう言い放った兵部だったが、うつぶせで枕に顔を突っ伏した姿勢のまま、何故か十数分ほどその場所から微動だにしなかったのである。
<終>
お返事