■魂 soul■
嵐が過ぎ去った翌日は朝から晴天だった。台風一過とはよく言ったものである。
外を眺めながらそんなことを思いつつ、アジトのダイニングの扉を開くと、テーブルの上は嵐が過ぎ去った後のようだった。
そもそも今真木と兵部が都心部のこんなアジトに二人だけでいるのは、昨晩船に戻ろうとした時の兵部の体調が思わしくないのを見越してのことだった。急遽ホテルを取るよりも近場にこのアジトがあったから嵐の中やって来て一晩を過ごした。
普段真木はあまり出入りすることのないアジトだったが、葉や黒巻らはたまに利用しているらしい、その時に彼等が置いていったのであろうジャンクフードがテーブルの上に散乱しているのだ。
「……やれやれ」
さすがに開封したものはないが、ポテチにコーラといったものをあるものは戸棚に、またあるものは冷蔵庫にと片づけ終えて何の気なしに庭を見ると、学生服姿の兵部がそこにいた。
「少佐?」
まだ寝ているものだと思っていたので少なからず驚く。兵部は庭を散策しているようで、真木の視線には気付いていない。
「起きて大丈夫なものなのか?」
昨夜。
アジトに着いて、まずは兵部を風呂に浸からせ、次いで自らも雨で冷えた身体にシャワーを浴び終わったところに、昨夜は停電が起きた。窓から周囲を見回しても明かり一つついていなかったので、この一帯が停電したのは明らかだった。
暗闇の中明かりになるようなものを求めて手を伸ばしたところに、兵部の手が触れた。いつの間にかバスローブ姿で真木の後ろに立っていたのだ。兵部曰く。
「暗くてすることがない」
ということで、結局そのまま押し切られてベッドへともつれこんだ。一度接近してしまえば、真木の理性は嵐の中の蝋燭の炎のようなもので、兵部の求めを前にかそけく消え去った後には、嵐のような欲情の発露が待っていた。
早朝の庭を歩く兵部を見る目を、真木は思わず反らしてしまう。昨夜は兵部の体調を気遣ってテレポートを止めさせたのに、自分が兵部に負担をかけてしまうなんて言語道断だ。愛される資格があるわけでもないのに、こんなことをしていていいわけがない。
――謝らなければ。
その考えに至った時、反射的に中庭へ続く扉へと早足で歩き出していた。
手入れが行き届いているとは言い難い中庭の薔薇をそれなりに愛でながら、兵部は朝日の中を歩く。
目が覚めたらベッドに一人で、けれどまだ真木の温度が残っていた。それを満喫するようにしばし布団にくるまっていたが、日が昇るに連れて目が冴えて眠れなくなってしまったのだ。葉あたりに言ったら年寄り扱いされそうだが、事実なのだからどうしようもない。
「少佐」
声のしたほうを見ると真木が中庭に出てくるところだった。
「やあ、おはよう、真木」
「おはようございます」
真木は挨拶こそ返したものの、兵部をまっすぐに見ようとしない。それが兵部には気に入らなかった。
「どうかした?」
「その……昨日は、すみませんでした」
――またか。内心で兵部は嘆息する。
「キミさ、あれだけやっておいて今更なに言うの」
「ほ、本当にすみませんでしたっ!」
真木はどこかの営業マンよろしく90度に身体を折って深々と頭を下げている。
「怒ってないよ。っていうか、謝られたほうが傷つくよ、そういうの。そんなに嫌だったのかい?」
真木は同じ事を何度繰り返しても、懲りるということをしない。
自分が兵部に愛されることなどないと信じ込んでいる。事実、兵部は誰のことをも愛せないが、それでもそれなりの好悪の感情はある。故に真木「だから」許した、ということを何度伝えただろう。
なのに真木は自分を責めるのだ。無体を望んだのが真木だけでなく兵部もまた許容したことなのだという所まで思考が届かない。無理をさせた、押し切ってしまった、その自責の念に邪魔されて、肝心の兵部の感情が置いてけぼりになっている。
――まあ、いつものことだけれど。
「そんな、嫌だなんてことは決して…!!」
「なら顔を上げること。今日は体調もいいし、これ以上僕を不機嫌にさせないでくれよ?」
口では厳しいことを言いながら、真木の頭に手を載せ上向かせるように誘導する。
縮こまりながら顔を上げた真木の目を正面から見ると、まっすぐな目線が返ってくる。心配そうで、でも意志の強い。
わからずや、と言ってしまえればいいのだが、タチの悪いことにその純情さが兵部の目には好ましく映るのだ、悔しいけれど。こうやって頭を下げられるのには閉口するが、慣れで抱かれるよりよほどいい。
人より長い時間を生きてきて、変わらない人間がいないことなど身に染みてわかっているのに、いやだからこそ、変わらないでいようとする真木の姿を好ましいと思う。この感情をなんて表現すればいいのだろう?
「なんて言えばいいと思う?」
「はい?」
とまどい気味の真木の髪が揺れる。首をかしげて兵部に問い返してくる。
「何ですか?」
「ううん、やっぱりいいや」
言葉にしたら、嘘くさくなりそうで、兵部は少しだけ臆病な自分に驚きを感じながら、心にそっと鍵をかけた。誰の目にも触れぬよう、誰からも奪われることのないよう、そして目の前のこの魂が変わることのないように、ひそやかに祈りながら。
<終>
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お題:「早朝の庭」で登場人物が「愛される」、「コーラ」という単語を使ったお話を考えて下さい。
たまに両方の目線から書いてみました。皆様のお気に召すようなものになっていますように・・・!
いつもぽちっとありがとうございます♪