■廃工場 Disused factory■
夜更けには雨が本格的に降り出してきた。
とある工場跡に、たむろしていた少年達が一人の例外無く地べたに倒れ伏していた。皆自分自身の身体のどこかを押さえるか抱えるかして呻き声を上げている。気絶してしまったらしい者もいた。
「この程度で、違法ソフトの売買をしようなんて考えが甘いんだよ、ボウヤ達」
兵部からしてみればおおかたのものはボウヤに違いないだろう。真木はそんなことを考えながら、ビジネスバッグから取り出されたパッケージの開いていないPCソフトを眺める。
それはパンドラが――もちろん会社名は違うが――開発したとあるソフトからロックを外して裏で販売されていたものだ。海賊版を売っていたのは目の前に倒れている少年達だった。それは間違いなかったが。
少年達を一瞬でのしてしまった兵部へ、真木が語りかける。
「パッケージまで封を切ってない、新品ですよ。正式版と見まごうばかりの出来です。とてもこいつらにできることとは思えませんが」
「もちろん、バックがいる。こいつらを顎で使っていたのは暴力団の連中だよ」
「その連中とやらに心当たりは?」
「僕のサイコメトリ能力を甘く見てもらっちゃ困るな、真木。もうとっくにわかってるさ」
「――僭越でした」
不機嫌そうになった兵部の声に恐縮して肩を縮めた真木の肩を、兵部が軽く叩く。と少年達を置き去りに立ち去っていく。
「こいつらはこのままでよろしいので?」
「ほっとけ、いい薬になっただろ」
真木もそれには同意見だったので、付き従うように急ぎ足で兵部の後を追う。工場を出ると、本降りになった雨がざあざあと道路を、屋根を叩く音があたりに満ち、真木はビジネスバッグの中から折りたたみ傘を取り出して兵部へと差し出す。
無言の真木に、兵部もまたしばし無言だったが、とある無人の路地裏に差しかかった時、口を開いて言うことには。
「これから、暴力団の奴らを潰しに行くから、いいよね?」
もうすっかり夜更けだというのに、兵部はこれからヤクザの事務所に殴り込みに行くと言う。けれど。
「分かりました」
真木はそう言うだけだった。いつも通りに。
その時、真木の持つ傘に入ったままの兵部がするりと手を真木の腕にまわして腕を組んでくる。
「……真木?」
密着する身体の感触に、ふわりと香った髪の香りに、それらのなまめかしさに思わず立ち止まると、兵部が怪訝そうに真木を覗き込んでいた。
「ええと……思っただけです。その――」
それ以上を口にするのは羞恥心が邪魔をする。かわりに兵部の手を握った。
(今すぐにでも愛し合えたらいいのに、と)
真木の心を透視みとった兵部が真木の頬にキスをする。
「僕も、今」
今度は反対側の唇の端にもキスを落とす。
「同じ事、考えてた」
そして真木をまっすぐ見据えると、真摯なキスが唇に触れて、また離れる。その唇が告げるのは物騒で、でも嬉しい提案。
「さっさと終わらせてしまおう」
「はい」
情けないことだが、真木は思う。
きっと今、自分はとても嬉しそうな顔をしているに違いないと。
<終>
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お題:「夜の路地裏」で登場人物が「愛し合う」、「傘」という単語を使ったお話を考えて下さい。
まぎひょー、雨に降られる二人。真木さんの翼で雨宿りする兵部さんの絵とか書く人どこかにいませんかね?(チラッ