■遊歩道 Stroll road■
昨日の夕方から微熱を出していた兵部だったが、朝になったら気分がいいからと、真木を連れて公園に来ていた。
やはりまだ寝ていたほうがいいと真木は主張したが、体温計が熱などないことを示していることを見せると、自分が同行することを条件に外に出ることを承諾した。
「真木は過保護なんだよ」
つい考えていることを口にしてしまう。真木はむっすりとした顔で半歩後ろを黙々と歩いている。二人並んで歩ける遊歩道だが、肩幅の広い真木とだと並ぶと少し窮屈に感じるだろう。
「俺は貴方が心配なだけです」
「それは分かってるけどさ、大げさなんだよ」
と言いながらも、真木にあれこれと身の回りの世話をやかれるのは実は嫌いではない。勿論煩わしい日もあるが、本当に嫌な時はテレポートで外に放り出してしまえば済むことなのだから、それをしないということは、まあそういうことだ。
けれど心配をかけていると思えば胸が痛まない訳ではない。
「いつも悪いね」
「いえ。俺は慣れてますから」
「確かにね」
慣れている、という言葉に思わず苦笑する。この男の幼少時代からかれこれ二人のつきあいは十五年程にも及ぶ。兵部の身体に実はガタが来ていること、静養に真木の手が必要であることがばれてからは数年、そう長くはない。なのに、いつしか傍にいるのが、自分の面倒を見るのが真木であることが当たり前になってきている。
「君がいなくなったら僕はどうなるのかな」
「何を仰いますか」
「嘘だよ。まあ、なんとかやっていけるだろうけど」
「けど?」
困ったものだ、と自分でも思う。
「その想像ができない」
真木が傍にいない自分。何故かそんな自分を想像できない。
これは実はけっこう重症かもしれない。
「あーあ、君が甘やかすから、僕は一人じゃ何もできない人間になってしまいそうだよ」
「いいんじゃないですか」
しっかりとした口調で投げかけられた言葉に振り返ると、朝日の中、真木は微笑していた。
「俺は貴方を一人にはさせません」
確信に満ちた笑顔。自信に溢れた声。こんな時胸の奥が切なくなる。苦しいのではない、むしろ嬉しさゆえに。
真木が後ろから兵部の肩を抱こうとするが、兵部はするりと抜けて真木に向き直る。
「僕は逃げちゃうかもしれないよ?今みたいに」
「猫みたいですね、素直じゃなくて。あなたはいつだってそうだ、秘密主義で、追うと逃げる。気まぐれで、したたかで、まるで猫そのものですよ」
兵部に身をかわされたのに真木はショックを受けた様子はない、それどころかますます確信を持っているようだ。
「僕が猫なら、修行に行っちゃうかもね」
「なんですか、それは」
「年を取った猫がいなくなるのは、飼い主に恩を返すためにお山に修行に行ってるからなんだってさ。昔聞いた話」
「猫又ですか」
「そういうことだろうね」
猫又。二本に別れたしっぽを持つ、猫の妖怪だ。様々な神通力を持つという。
「今のままで充分猫又じゃないですか」
真木が拳を顎に当ててクス、と忍び笑う。
「そうだけど、今度は十年じゃ済まないかもよ?」
これは兵部が真木たちを置いてエスパー刑務所にいた月日のことを指している。十年、この男はもう二人と共に自分が戻るのを待ち続けたのだ。その時以上に待たせると言っているのに、真木は頷く。
「待ちますよ。二十年でも、八十年でも、あなたが山から下りてくるその日まで」
さらりと、大げさなことをさも当たり前のように言う。
しかもたちが悪いことに心の底からそれを信じている。それが真木だ。
兵部は一歩踏み出すと、真木の背中に手を回し、その目を見上げる。
「信じてるよ」
「信じて下さい」
「破ったら、殺すよ」
「はい」
真木の手が兵部の頭をふわりと抱く。
それは本当に猫に対するかのような仕草で、しかも気分は悪くない。
真木に約束を強いる時はいつも、破ったら殺す、としか言えない。裏切りには死以外の選択肢が兵部にはない。けれど今はそれすらも気持ちよくて、兵部は真木の体に身を寄り添わせる。と、真木の手が兵部の髪を撫でてくる。
どこか甘やかな気持ちに抱かれながら、兵部は瞼を閉じて、真木の身体に自らのそれを委ねた。
<終>
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お題:「朝の遊歩道」で登場人物が「寄り添う」、「猫」という単語を使ったお話を考えて下さい。
せっかくお題に猫が出たのに、出演ならず。残念。
いつもありがとうございます~。