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hyoubutter short story

hyoubutterのショートショートストーリー集
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花火 hanabi

パンドラのみんなで花火に行くよ。

■花火 Hanabi■

 布摺れの音が畳張りの部屋に響く。楚々とした音の合間に忍び声が混じる。
「駄目ですってば、誰か来たら……」
「誰も来ないよ、たぶん」
「たぶんじゃ駄目です!」
 まず目に入るのは、和室の畳の上で一番の面積を占める濃紺色の着物。一般的に男性用の浴衣として着られるものが、よく見ると帯なども交えて、一枚だけでなく折り重なっている。
 そしてその布の下に、二つの肢体がある。夕闇の中で目をこらせば、逞しく男性的な男性の足に、白くしなやかな足が絡みついているのがわかっただろう。
「大体ここの和室は鍵がかからないんですから」
「そうなの?」
 白い足の主、兵部がけろっとした顔で問い返す。反して真木は首まで真っ赤になって、すっかり茹で上がってしまっている。
「でもそんなの関係ないね」
「しょ、少佐」
 逃げる真木の唇を兵部のそれが追う。真木が手を出してそれを制した。
「花火大会に間に合いませんから、ね!」
「間に合わせちゃえばいいんだよ。ね、だから真木――」
 上目遣いに誘惑されれば、真木とて男だ、つい期待に応えたくなる。が。
「去年のことを忘れたんですか!」
 精一杯声を張り上げて主張すると、ようやく兵部の執拗な追跡が止まる。
「去年は確か――」
 パンドラだって花火見物くらいする。行きたい者は勝手にシーズンに何度でも行くが、メンバーの多くが集って花火大会を見に行くのは一度だけと決まっている。その去年だが、さて。
「忘れたなら言わせてもらいますが、去年も着付けの最中に堪らなくなった少佐に押し倒されまして、見事に花火大会を欠席するハメになったんですよ!?」
「そういえば、そんなことがあったような……」
 真木はがっくりと項垂れる。あったような、ではない。あったのだ。そして翌日、押し倒した本人のはずの兵部から翌日一日口をきいてもらえないという不本意きわまりない処遇を受けた。そんな理不尽な真似は一度で充分である。
 もっとも、去年は兵部に流された自分にも非があると諦めて、迎えて今年、今回こそは押し流されないと決めたのだ。
「ああもう、着付けはご自分でできますね?時間がありませんよ」
 そう、時計を見るともう夕方を回ってもうじき夜の時間になる。そしたら花火の打ち上げが始まってしまう。
 理性を総動員して自分の胸に添えられた兵部の手を引き離すと、真木は立ち上がり、兵部のぶんの浴衣を兵部に押しつける。
「なんだよ、ケチ」
「どう言われようと、とにかく今年の花火大会には行くといったら行くんですっ!」

「遅かったわネ、少佐に真木ちゃん」
『また今年も欠席かと思ったぞ』
 マッスルに出迎えられ、コレミツに珍しく軽口を叩かれて、大使館ナンバーのリムジンの後部座席からまず兵部が、次に真木が降りる。
「これで全部?」
 運転主役の九具津が問うと、その場に揃ったパンドラメンバー大勢が頷く。
「じゃあ、一同、花火が終わったら最終的にはここに集合。それ以外はフリーだから、何をしててもいいよ。もちろん桟敷席も取ってるけどね」
 兵部の声の後半を聞いていなかったかのように素早く澪が声を張り上げる。
「やった!早く行こう、カズラ、パティ!」
 傍にいたパティとカズラも頷く。
「こういうの、慣れない……嫌いじゃないけど」
「すぐ慣れるわよ、パティ。ほらカガリ、あんたも一緒に行くの!」
「ちょっ、俺は別に――」
「いいからいいから!」
 涼しげな浴衣姿の女性陣にカガリも巻き込まれて引きずるように連れて行かれて、ご愁傷様とばかりに葉が手を振って見送る。
「待ってあなたたち、桟敷の場所わかってるの?」
「――って、もう行っちゃったっスね」
 今日ばかりは紅葉も黒巻も浴衣姿だ。濃紺に藍色と、何故か皆暗めの色を選択しているようだ。
「どうするんだ、桟敷の番号がわからなければ入れないだろう」
 真木が問うが、一同はただ困った顔をするだけだ。唯一困っていない様子の葉が真木に返す。
「いいんじゃねーの?好きにさせておけば」
「……まさかと思うが、去年もこうだったのか?」
「それこそまさかよ」
 紅葉が笑いをかみ殺している。
「去年は集合する前に全員どっか行っちゃったわ」
「そうでしたねー」
「………」
 紅葉と黒巻の台詞から察するに、どうやら、この集団にはどんな約束事も通じないらしい。そして。
「いいじゃん真木、好きにさせてやりなよ。たまには羽を伸ばしたいだろ」
 パンドラのリーダー、兵部の言葉に、真木は全てを諦めることにした。
 桟敷に座って花火を鑑賞しながらビールに焼き鳥、なんて憧れていたわけではないが、どうやら今年は桟敷にたどりつける者は少なそうだ。思わず自分とコレミツと久々津だけになった桟敷席を思い浮かべてしまった真木だった。
 その時、兵部が頓狂な声を上げた。
「あ、いたいた」
「え?なんですか?」
「澪達。まだあそこにいるよ、見えるかい?」
「あ、はい、見えますね」
「桟敷の番号だけでも伝えに行こうか。ほら、真木も」
「はい」
 ずかずかと人混みに入ろうとする兵部の後をついて行くと、真木だけでなく葉と紅葉もついてきた。黒巻はどこかへ行ったか残ったかしたようだ。
 澪達のいる場所と、兵部とを見失わないようにするが、兵部はなかなか難物だった。すぐにあちこちの屋台に気を取られて、色とりどりの風船やら金魚たちやらを眺めていたりする。
 埒があかないと踏んだ真木は兵部の手を強引に取ると、進行方向――澪達の方を向いて言った。
「ほら、あなたはすぐそうやって行方不明になるんですから、ちゃんとついてきてください」
「わかった、わかったから」
 兵部が立ち上がって真木について歩こうとしたその時、盛大なため息が聞こえた。葉だった。
「紅葉ねーさん、俺、あてられて涙出てきそう。先に行ってるわ」
「え?行ってるって、葉……?」
 真木はなんのことかわからなかったが、紅葉もまた頷くと葉のほうへ移動して、並んで言った。
「あたしも葉と行く。お二人様はごゆっくりね~。でもね真木ちゃん、行方不明だのはぐれるだのって、あんまり気にしすぎだと思うわ」
「そうそう。俺らエスパーはそんなことしなくたって大丈夫なんだから」
 次々と真木を窘める台詞を残して紅葉のテレポートで消えた二人に、真木と、周囲の人間数人が目を丸くしていた。が。
 パシン。
「え……?」
 手を振り払われた。今は何も掴んでいないこの手は、今しがたまで兵部の手を掴んでいたはずだった。
「少佐?」
「確かに、真木は少し気にしすぎかもしれないね。君の美点でもあるけど、葉と紅葉の言うとおり、僕らは大丈夫なんだよ」
「??」
「意味がわからないなら、考えて。特等席で待ってるから」
 言って、兵部もテレポートで消えうせてしまい、真木は呆然とそこに立ちつくすしかなかったのだった。

 ようやくの思いで澪たちに追いついて桟敷の場所を説明した後に、真木は桟敷席に直行していた。
「少佐たちは来ていない、か……」
 なんとなく予測はしていたが、そこにいたのはすっかりできあがったマッスルとコレミツ、それに九具津に黒巻だった。聞いても、他のメンバーの居場所はわからないという。
「つーか真木さん、ホントにわからないんスか?」
「なんだ、黒巻。心当たりがあるなら言ってくれると助かるが」
「アタシわかっちゃった~」
 マッスルはよく澪達ともつるんでいるからだろうか、特等席とやらの意味がわかったらしい。
『俺にもわかる――去年澪に連れていかれたからな』
「自分の能力じゃできませんが、真木さんならできますよ」
 加えて九具津にまでニヤニヤ笑いされて、なんというか、寂しい。いよいよ始まった花火の音が、真木の心を余計に焦らせる。
「アタシの能力でも無理。そうだ真木さん、どうしてもわかんないなら、真木さんの能力で空を飛んで、上から探してみたらどうです?」
 黒巻の提案に、コレミツとマッスルも頷く。
『そうだな』
「真木ちゃんがうらやましいわ~、アタシの能力でも無理だもの」
「?」
 とりあえず再び人混みをかき分けて、真木は人気のない場所にたどり着くと、炭素繊維の翼を形成し、空へと飛び立った。

「どうして|普通人≪ノーマル≫は、見上げるだけで、上から見てみようって思わないんだろうな」
 風に癖の強い髪を嬲らせるままに、葉は超音波で空中に浮いている。
「飛べない人間に飛ぶっていう概念をわからせるのは難しいわ」
 紅葉もまた、能力のベースになっているテレポートで葉の隣に浮いていた。
 その隣にはカズラが、カガリを抱きかかえるように浮いている。この二人までが紅葉の能力の効果範囲だった。
「俺は一緒じゃなくていいって言ったろ、カズラ」
「駄目よ。カガリは喧嘩弱いくせに血の気が多いんだから、ほっとけないわ」
 カズラが自分の能力で木質化させた手でカガリを抱きかかえるようにしているので、こうなってはどちらが保護者かわからない。
「ほーんと不自由だよな、普通人なんてサ」
 自分のテレポート能力で浮いている澪が両手を頭の後ろに組む。涼しげな浴衣が地上より少し強い風でひらめく。
 パティは少し離れた場所で一人ぽつりと浮いてじっと下を見ていた。兵部がそちらに近づくと、兵部のほうを向く。
「どうだい、パティ。初めての花火大会は」
「初めて……そう、初めてで、とても、楽しいです、ボス」
「ボスはいいよ。楽しんでるならいいんだ」
「――やっぱり、学校生活もそうだったけど、漫画やアニメでしか見たことなかったから……。こんなにたくさんの人が一斉に同じものを見上げてるってことが嘘みたい」
「……だね」
 パティのリハビリには時間がかかった。そうして今、色々な呪縛から解き放たれてここにいることが、兵部も素直に嬉しかった。
「真木さん、来るの?ボス」
「どうして僕に聞くんだ、葉」
「なぁに、もしかして何も言わないで来たの?」
「言ったさ」
 真木に手を引かれるのは悪い心地ではなかったが、後ろに葉と紅葉がいるのを思い出して唐突に恥ずかしくなった。咄嗟にとりようによっては突き離すような真似をしてしまったから、もしかしたらショックを受けて、今頃桟敷でマッスルやコレミツらと飲んでいるかもしれない。
 それもそれで悪くないだろう。そう思っていた。闇の中、闇より更に濃い闇の色が花火の煙を裂くようにして飛行してくるまでは。
「真木ちゃんだわ」
「よかったね、ボス」
「なにがだ、紅葉、葉!?」
 口では言い返したものの、よかった、と兵部もまた心中で胸を撫で下ろしていたのだった。
「みんな、ここにいたんですね」
 案外涼しげな口調で真木が兵部の隣にやってくる。
「いいだろう?特等席だぜ」
「たしかに、エスパーならでは、って感じですね」
 一同が揃っているのは、花火の真上だった。正確には、打ち上げ場所から遙か上空、やや風上よりの場所で煙を避けて花火を見おろしていた。
「去年もここで見たのか?」
「そうよ」
「なんだよ、また危ないとか興をそぐようなこと言うんじゃないだろうな」
 頷く紅葉と、予防線を張る葉の二人に真木はまさか、と首を振る。
「これはいいな。本当に、特等席だ」
 真木が呟くと、一同が明るい顔で頷いた。
 そしてその笑顔は長く長く続いたのだった。花火が終わるまで、ずっと。

 全ての花火が打ち終わると、一同はテレポートで近場へと降り立った。人影のない場所だ。
 そして今度はつかず離れずの距離でゆっくりと屋台を見物しながら、手に手に好きなものを持って、集合場所へと近づいていく。
 途中で、兵部は真木から、一度は振り払ったはずの手を掴まれた。
「真木?」
「またふらふらされて迷子になられたらたまりませんから」
 同じ理由を口にして、この男は断られるのが怖くはないのだろうか。否、怖いだろう。だがそれ以上にいなくなられることに対する恐怖のほうが勝っているのだ。
 兵部は繋がれた手をじっと見る。
 再び繋がれることはないであろうと思っていた手でも、それでも、また求められるのは案外悪くない。
 もちろん――相手によるけれど。
「君だけだ」
「はい?」
 兵部は水ヨーヨーを持った手で口を隠しながら喉をくつくつと鳴らして笑う。
「僕がお節介を焼かれて黙っているのは、君くらいだよ、真木」
 笑い混じりのその言葉の意味するところを、当人以上に知っている真木はゆっくりと頷く。
「全身全霊でお世話させていただきます」
 言い返した声音は不思議と、兵部の耳には花火の音と同じく、重く、そして明るく聞こえた。

                                                <終>

-----
「どうして上ばかり見上げて~」というのはターンAガンダムのネタです。
澪は「どうして横から見ても上から見ても花火って平べったくないの?」って言ってみんなにのけ反られているといいと思います。

ぽちっとね。

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お返事

  • 横山(仮名)@管理人
  • 2010-08-06 23:21
  • edit
>sai様
 sai様のほっこり、確かに受け止めました!登場人物が多くて読んでる側も大変だと思いますが(苦笑)感想ありがとうございましたー♪
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