■花冠 flower coronet■
その絵のタイトルを「花冠」という。花で編まれた小冠を頭に載せ、庭園で微笑む二十台くらいの、ウェーブがかった長い金髪の女性がモチーフの、あまり大きくない油絵だ。
とある地方の美術館に収蔵されているそれを贋作とすり替えて欲しいという依頼があったのが一昨日。
すり替えは既に行われて、当然成功した結果、今はその絵は真木の部屋にある。
「でもさー、すり替え、なんて、普通はどこかの古美術商の仕事じゃないの?」
「古美術商が綿密な下準備をして絵をすり替えるより、我々エスパーがテレポートで一発ですり替えた方が早いですからね。実はこの手の依頼は増えてます」
「そうなの?」
真夜中の真木の自室で、兵部は絵の前に立ったままだ。
「はい。どこもエスパー対策がなされてますから、あちこちのエスパー犯罪者たちが不可能と結論を下した結果、最終的にパンドラに回ってくるというからくりです」
「裏ルートに回るいいECCMは僕らが独占してるしね。なるほど、納得」
よほど気に入ったのか、明日には依頼人に渡すことになっているすり替え済みの本物を、兵部は穴があきそうなほどじっくりと眺めている。
まさかそんなことはないと思うが、絵画の女性に恋をした、なんてことは――確かに美人だが、普段兵部が心を砕いてやまないクイーン達と絵画の女性とは趣が違いすぎる。元気いっぱいの少女達に比べて、絵画に描かれた女性はたおやかで、かつしとやかだ。
けれど、と真木の心に影が差す。年齢のことさえ考えなければ、兵部だとて男だ、女性に興味を持つのは普通のことだ。
こんな時自分たちの関係がいかにいびつであるかを思い知らされる。そして兵部のためを考えるなら、自分は身を引くべきではないか、とも。
「…なんだよ」
「え、はい?」
唐突に兵部に声をかけられたが、やけに不機嫌だ。
「僕がこの絵を見ちゃ悪い?」
「いえ、そんなことはありませんが」
「……」
何か気に障ることでもしただろうか。だが、兵部はあいかわらず眉間に皺を寄せている。
「……君もまぁいい年だしね」
「?」
話が唐突でついていけない。
「そんなにこの絵を他人に見せたくないなら、僕を部屋に入れなければよかったんだよ」
「は?」
「あーもう!」
兵部はキッと真木を睨むと、絵に指を突きつけて言った。
「どうせこの絵の美女にうつつを抜かしてでもいたんだろう?」
「……」
兵部の言葉とさっきまでの自分の思考を思い返し、自分と兵部とを入れ替えて考えて――
「――まさか、俺がこの絵に執着しているとでも思ったんですか?」
「違うのかい?」
「違いますよ!俺は、むしろ……その」
言葉の続きが思い浮かばないので、兵部に向けて掌を差し出した。全てを知られることになるが、仕方がない。
「|透視≪よ≫んでください」
毛を逆立てた猫のようにこちらを睨み続ける兵部が、それでも真木の言葉に従って手を伸ばしてくる。
触れ合った瞬間に、何か弱い電流のようなものが走ったような気がした。
「……」
しばらく沈黙していた兵部だったが、真木の手から自分のそれを離すと、また黙り込む。
「その……」
いたたまれなくて口を開く。
「少佐も、嫉妬する……ことも、あるんです…ね」
言った直後から、これは言わないほうがよかったのではないかという念が湧き出てくるが、口が止まらない。
「なんというか、嬉しい、というか……」
「真木」
「はい?」
兵部は俯いているので表情がわからない。声は何かを押し殺そうとしているかのように思えるが。
「――疑って、悪かった」
「……はい」
「それと」
言葉と共に兵部が頭をあげる。その顔は、珍しいことに、羞恥に紅潮していた。
「君が身を引いたら、僕は困る、から」
「あ……わ、わかりました」
「わかったならいい」
それきり、ぷいっと兵部が横を向いてしまったので、真木もまた顔を赤面させながら押し黙る。
夜深い部屋での不器用な二人の夜を、花冠を被ったもの言わぬ女性が、静かな瞳で見つめていた。
<終>
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お題:「深夜の部屋」で登場人物が「嫉妬する」、「花冠」という単語を使ったお話を考えて下さい。
嫉妬って難しいですね。どうしても、真木さんは二人の関係に罪悪感を持っているに違いない、という脳内設定が一人歩きしてかなり意識的に排除しないとそちらに押し流されてしまうので、今回は嫉妬されるほうをチェンジしてみました。
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