■水族館 aqualium■
ゲートをくぐると、一面に青い世界が広がる。目の前に在るのは巨大な水槽で、緑や黄色といった種々様々な魚の群れが水中を泳いでいる。
廊下の照明は落とされているのに、水槽の中は不思議と明るい。
水槽の前の説明版を見ながら、兵部が真木に問いかけてきた。
「今日の会合はここかい?真木」
「そうですね」
「ふぅん……まあ、いいんじゃない?」
兵部が欠伸をしながら頷くと、真木は胸を撫で下ろす。
今日は各地に散らばったパンドラメンバー達との会合の日である。休館日の水族館を会場として使うというわけだ。
「ここで会合を開くのは初めてではないですから、不都合はないかと」
「あとは監視の目をいかにくぐるか、だけだね」
「それについても役割分担は伝えてあります」
あくびを覆うために口に当てていた手を下ろすと、兵部は真木に向き直る。
「ご苦労様、真木。君がいて助かるよ」
「いえ、そんな……」
兵部の労いの言葉に口では謙遜しながらも、真木は素直に嬉しかった。こんな早朝に連れ出してきた甲斐があるというものだ。
と、そのまま兵部がカツカツと靴音を立てて真木に近づいてくると、わしわしと頭を撫でた。
「なっ、何ですか?」
「ん?えらいえらい、よくやった、ってごほうび」
「……ありがとうございます」
なんだか複雑である。嬉しいけれど、それよりも、ついさっきシャワーを浴びたばかりの兵部の髪から香るシャンプーの香りとか、前を開いた学ランの下に見える鎖骨のラインといったものが真木の雑念を煽る。
「……なに欲情してんのさ」
「そのっ、すみませんっ」
謝ってしまってから、サイコメトリで心を読まれたのだと思い至る。
「勝手に|透視≪よ≫まないでくださいっ!」
「|透視≪よ≫んでないよ」
「え……?」
兵部は頭を撫でていた手を放し、両手で真木の頬を挟んで顔を突き合わせてくる。
「顔に出・て・た」
「ええっ!?」
頬が熱くなる。そんな露骨な目をしてしまっただろうか。だとしたら普段、兵部以外の人間にもバレてはいないだろうかと思い至り、焦りが生まれる。
「嘘。ホントはサイコメトリした」
「――まったく……」
言いたいことはあるが、真木はとりあえずほっとする。これでも、様々な危険な局面で動揺を顔に出さない訓練はしてきたつもりなのだ。
「かもしれないけど、考えてることだだ漏れだよ」
「えっ」
「僕の前ではね」
そう言われると否定できない。兵部を前にして理性を保つことは、出会ってから十年以上経った今でも成功できていないのだ。兵部が欠伸をしたのも昨夜の自分が己の欲望に正直に行動したことが原因に違いないのだし。
なんてことを考えていると、兵部が手を放して両腕を伸ばすと真木の首を抱いて引き寄せた。
「会合まではまだ時間があるよね?」
「…はい、まだまだあります」
「じゃあ、戻ろうか」
「はい」
どこに、とは言わない。鈍感な真木でもそのくらいはわかる。
唇と唇が近づく、慣れた行為に身体を委ねながら兵部の後頭部に手を差し入れて支えると、再びシャンプーの香りが真木の鼻孔をくすぐった。
<終>
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お題:「朝の水族館」で登場人物が「髪を撫でる」、「シャンプー」という単語を使ったお話を考えて下さい。
ベタベタの真木兵部。キュンキュン萌え萌えハエハエの回の冒頭、水族館で悪巧みをするコミックスのシーンがけっこう好きだったのですが、アニメではコロシアムみたいな広場でやってましたね。ので、コミックスのほうの設定を活用してみました。
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お返事