■眼下の嵐 The stormy outside■
夜中に目が覚めた。ひどく、喉が渇いている。部屋に備え付けの小型冷蔵庫を開けると、入っているのはコロナビールぐらい。アルコールが欲しい気分ではなかったので、仕方なしにキッチンへと向かう。思えば、戻ってシャワーを浴びて、そのまま水分補給もなしにバスローブ姿のまま寝てしまったのだった。
スリッパを引っかけて階段を下りている間に見るともなく窓の外の光景を瞳に映す。今のカタストロフィ号は雲の上におり、高度4000メートルほどのところを浮いているため気付かないが、下界は今頃嵐のはずだったと天気予報を思い出す。
雲の上を飛んでいれば、嵐は気にならない。当たり前だが、少しつまらない気がするのは、嵐のたびにどこかワクワクする気分を味わうのが好きだった子供時代を思い出すからかもしれない。
階段を下りきるとキッチンへ向かう。適当なグラスに水を注ぐと一気に飲み干した。その時。
「真木」
自分にかけられた声の主、それは――
「少佐」
兵部、だった。真木のものより短めのバスローブに素足で、地面から三十センチほどの位置に浮いている。眠そうに片目をこすっている姿が、なぜだか不機嫌そうにも見えた。
「いつ帰ってきたの」
「え?ええと――三時間ほど前ですが」
真木の返答に、眠そうな目が怒りの形に顰められる、
「どうして僕のところに来ないのさ」
「もうお休みの時刻だと思ったので」
三時間前とは、夜の一時を指す。普段の兵部ならもうベッドに入っている時間だ。
「起きて待ってらしたんですか?何か用件でも?」
「用事は、ない。それに寝てた」
「なら……」
余計に兵部が不機嫌そうにしている理由が分からない。他にどんな理由があるというのか。
「ああもう、わかんない奴だな君は!」
兵部が唐突に真木の眼前にテレポートしてきて、至近距離から真木の額を小突く。
「君を待ちわびて寝ちゃったんだよ」
待っていてくれたと言われるのは嬉しい、が、理論的に破綻してはいないか。
「少佐が待っていたかどうかなんて俺には分からないですよ」
「そんなことわかってるよ!でもお前は僕が一緒にいたいと思った時にはいつも傍にいないと駄目!」
「えええっ!?」
「これ以上何か言うなら大使館の任を解くよ?」
「は……はい」
まさか本当に任を解かれるということはないだろうが、兵部のことだからありえないとは言い切れない。
「で、俺はこれから、どうしたらいいんですか?」
シンクにグラスを置いて、背筋を伸ばしながら兵部に正面から質問をぶつけてみると、兵部は今日真木が戻ってからはじめての笑顔を見せた。
「簡単さ。僕にかまけていればいいんだ」
見つめてくる視線が熱っぽい。引かれるように兵部の背に手を廻そうとした時――するりと真木の手をすり抜けて兵部はシンクに向かう。
「?」
「僕も水を飲んでおく」
真木同様にグラスに水を汲むと舐めるように一口飲んで。
「僕にも水分補給は必要だろ?」
「はぁ、まぁ」
なんとなく意味深な言葉を言ってグラスの水を半分ほど飲むと、残りはそのままシンクに置いてしまう。
「じゃ、僕の部屋ね」
空になった両手で真木の腰を抱くように手を廻してくると、次の瞬間には兵部の部屋にテレポートで運ばれる。それもダイレクトにベッドの上にだ。
二人折り重なるようにベッドに沈むと、どちらからともなくクスクスと笑い出す。
「本当に、身勝手な人だ」
「嫌いかい?」
「まさか」
多少の理不尽と、多大な寝不足を与えられるこんな日々を、真木は愛していた。
「少佐……」
互いの吐息が触れる位置に溺れて。兵部の頬を優しく挟んで引き寄せながら、真木は自分も兵部に会いたかったということを思い出していた。
<終>
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お題:「深夜の階段」で登場人物が「思い出す」、「嵐」という単語を使ったお話を考えて下さい。
お題が見事なほどに冒頭にしか出てきません!絶望した!生かし切れない自分に絶望した!
というわけで、次回はそのリベンジ。同じお題で、葉×兵部をお送りしますのでお楽しみに。
拍手&コメありがとうございます。光栄に思っています~。
お返事
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