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hyoubutter short story

hyoubutterのショートショートストーリー集
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眠れない夜 Sleeplessness

真木兵部。真木さん単独任務に行くの巻。

■眠れない夜 Sleeplessness■

 チャーターされた小型機の尾翼は森に転がり、機体からは激しい焔が立ち上っている。
「……もう終わりだ」
 オフロード車でこの先の空港に到着・合流するはずだった組織の頭は、今、真木の目の前で棒立ちになっている。車の運転席にはもう一人、ボディーガードの若い男が硬直している。超能力者と聞いているので、注意が必要だろう。ひそかに懐中のECMを確かめながら、銃口を組織の頭である男に向ける。
 小型機には組織のメンバーが乗っていたが、今の墜落の規模を考えると、助かった者はいないだろう。
「わかった。ただしあいつは助けてやってくれ。――超能力者だ、使えるだろう」
 真木が車の中を牽制しながらなおも銃をつきつけたままでいると、男もまたふところから銃を取り出す。真木に緊張が走るが、男の行動は早かった。
 装飾性の高い44口径を己の口にくわえこむと、そのまま引き金を引いたのだ。
 男の後ろの木に血しぶきがあがる。男の身体が地面に沈むのはその後だった。
「ボス!」
 車に残ったボディーガードの若い男が、ふいにその場から消え去る。と、テレポートでボスの男の傍らに跪く。男は自ら発砲した銃弾で絶命していた。
「ボス!畜生!!」
 ボディーガードが主の死を確かめると、その目線が主の手にある拳銃に向けられた。
「やめろ。無駄だ」
 発砲された時のために身の回りに炭素繊維で障壁を作りながら、真木はボディーガードの男を観察する。どう見ても、冷静ではない。話し合いで方がつくとも思えない。目の前で、組織の全員が殺されたのだから当然だ。だが逃げる気はないようだった。
「一応聞くが、パンドラに来る気は――」
「ない。飛行機には、俺の妹と弟も乗っていたんだ」
「――そうか」
 真木が銃口を構えるその視界の中心で、ボディガードの男の手にはボスの手からテレポートで運んだ拳銃が現れる。そしてゆっくりと銃口を自分のこめかみに当てて、一瞬だけ息を吸うと、その引き金を引いた。
 群青色の空に、銃声が一発響いた。

 カタストロフィ号に戻り、兵部の部屋で全ての報告を終えると、兵部はチェアに座ったまま、跪いたままの真木を労った。
「ご苦労様。辛い任務だったね」
「いえ、そんなことはありません」
 慣れている。人が目の前で死ぬこと。自分たちを否定されること。それでも従うと決めた人がいるから、自分は大丈夫。心で何度も繰り返す。大丈夫、慣れている。
「同胞の死に慣れられちゃ困るよ。――残念だったね」
 心を透視んだのだろう、兵部の声が優しい響きを含んで真木の乾いた心に染みこんでくる。
「僕が君たちを拾うことができたのだって、きっと奇跡みたいなものだったんだ」
 自分たち――自分と、紅葉と、そして葉。はじまりの3人。
『飛行機には、俺の妹と弟も乗っていたんだ』
 皮肉な符号に、真木の心は晴れることはない。真木の心を見透かすように、カタストロフィ号の周りは雨模様だった。
 窓に叩きつける雨粒の音が、今日はやけにうるさく感じる。
「救える者なんてたかが知れてる――理解してます」
「そうだね。僕達は解放軍じゃない。関わった全ての人に感謝されたいわけでもない――でも」
 いつもと変わらない学生服姿の兵部がチェアから立ち上がり、真木の正面にかがみこんで、その顎を持ち上げた。
「大丈夫。この悲しみは永遠じゃない――きっとね。そして僕は、君の辛さを少しでも軽くしてあげたい。嘘じゃない」
「……はい」
 真木は素直に兵部の言葉を受け取る。雨音が少し止んだ気がする。このまま夜には晴れるだろうか。
「記憶はそのままに、心の痛みだけを吸い取ることができたならねえ」
「そうしたら、今度は貴方がパンクしてしまいます」
「僕はいいんだよ」
「いけません!」
 鋭く叫ぶと、真木はほとんど無意識で兵部にしがみついていた。
「――真木?」
「あなただけは、壊させやしません。あなた自身にも」
「でも、真木、僕は……」
 その先は知っていた。――自分は亡霊だから。兵部はよく自分をそう評する。
 だから、兵部が何かを言う前に、強引にその唇を奪う。カツ、と互いの歯がぶつかって、それでも真木は押しつけるだけの口付けをやめようとしなかった。
「……真木」
 離した唇から漏れ出る、困惑した兵部の声。その瞳を見つめたくなくて、細い身体を抱きしめた。
 兵部は抵抗せず、ただ真木のなすがままに身を任ねていた。

「――馬鹿な子。もっと僕を罵るなりしてもいいのにね」
 いつもは床を共にする時は兵部が寝るまで自分は寝ないようにしている真木を、ヒュプノで無理矢理眠らせてから、兵部は真木の胸を撫でる。厚く逞しく育ったその心の奥に傷を負わせているのは自分だ。自分があの日、彼を拾わなければ。
「でも、仕方ないか」
 そう育てたのは自分だ。そしていつしか子供は大人になり、自然と肉体の関係を持つようになり、気が付くと執着しているのは自分のほうだった。よくある話だ。三文小説のような、安っぽい話。
「君には教えてあげないけど」
 兵部が芝居や気まぐれでそっけなくしたり興味のないフリをしたりするのを、真木は全て兵部の本心だと思っている。純粋なところを残したまま育った、それが何よりも嬉しくて、時に哀しい。今日のような日は、特に。
「ゆっくりお休み、真木。まだ夜は長いから――」
 瞼にキスをすると、兵部もまた真木の傍らで目を閉じる。
 きっと今夜はもう眠れないだろう。降り止まぬ雨の音が、ひどく煩わしく感じられた。

                                           <終>

-----
題材[群青色の,雨模様,拾う,残念だったね]三人称でやってみよう!

三人称はいつものことなので視点移動をば目論んでみました。本当はもっと真木さんと兵部さんの視点が入り交じるような形にしたかったのですが、こんな形でまとまりました。でもこの話の結び方、前も書いたことがあるような嫌な予感がバシバシしています。今更自分の書いた物全部を見直すのは無理なので、気のせいだといいなぁ・・・。
 

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