■十字架とスラム slum■
今日は日曜日だ。
というのに、騒がしい人々が船の中を走り回っている。
「ねーなに着ていこう?」
「今日は任務だからね、動きやすいもののほうがいいかも」
「あっそうかー」
走り回っているのは澪とカズラの二人で、今日は二人だけの任務があるのだった。
もちろん内容は簡単なものなのだが、紅葉の顔は晴れない。
「二人きりで海外の任務は荷が重いかもしれないわ」
「二人とも英語もヒスパニック語も話せるし、大丈夫さ」
対して兵部はダイニングで紅茶など嗜みながらのほほんと構えている。葉と真木は任務の微調整で右往左往していて、紅葉の懸念も届かない。
もう一度溜息をついた紅葉の耳に、葉の声が響いた。
「船が着く!澪、カズラ、出発の用意をして!」
その声に応えて、澪とカズラは足早に船倉へと向かう。澪はいつものワンピースのミニスカート、カズラはホットパンツだ。ごつめのアクセサリをつけてストリートチルドレンっぽいファッションをしているのは、これから向かう場所へのカモフラージュのつもりだろう。
「では、俺と葉が近くまで送るので、あとは予定通りにな」
「はーい」
「わかりました」
澪は伸びをしながら、カズラは緊張した様子で真木の指示を受け取った。頭の中に今日の任務が浮かび上がる。
簡単な任務だ。相手組織が用意した金を、アタッシュケースに入れてスラム街の車の中に残しておくので、それを回収するだけの任務で、『学校行くようになってからお小遣いが足りなくなっちゃった』との理由で中学校通学組が立候補した中で、澪とカズラの二人が選ばれた。――公正に、じゃんけんで。
その道程を思い浮かべながら澪とカズラは葉の運転するリムジンから降りる。ここから通り二つ行ったところを右に曲がればスラム街、十字架が目印だ。
通りを横切り角を曲がると、十字架と目的の車はすぐに見つかった。が、その車の周囲には数人の若者達がいた。若者といっても、澪やカガリと同じくらいの年齢だろう。倉庫の手前のスペースにたむろって、音楽を聴いている者や、バスケットに興じている者などバラバラだ。共通しているのは、皆が荒んだ顔をしていること。その危険度は澪にもカズラにも肌で伝わってきた。
「どうしよ……」
「こんな時のためにあたしたち若年層が来たんだから、堂々としてればいいのよ」
澪の呟きにカズラが応える。このあたりは少年少女が多い。下手に真木や葉などの大人が来れば、少年達は排除にかかるかもしれない。けれど同世代なら大丈夫なはず――そう言って兵部を納得させたのだから、その通りにすればいいのだ。カズラが先に立って歩き出す。
「澪」
緊張した面持ちで周囲を伺いながらカズラが車の中を指さす。
「あそこ、後部座席のシートの下にアタッシュケースが入ってる」
澪がよく見るとカズラの右手は木質のものに変化し、サイコメトリで目的のものを探したのが一目瞭然だった。
「オッケー、じゃあ、取り出すね」
澪もまたカズラと共に車の中を覗き込むようにすると、両腕の肘から先がふ、っと消える。その直後にまた両腕は戻り、その手にはアタッシュケースがぶら下がっている。
「成功だね!」
「うん!!」
喜びに浮かれた澪とカズラがアタッシュケースを持ってその場を立ち去ろうとした時。
「おいお前ら、エスパーだな?」
カズラの肩がびくっと動く。澪がカズラにアタッシュケースを預けながら少年達に向き直った。
「なによ、なんか用?」
「あるんだなあ、これが」
誰何したのとは別の男が立ち上がりながら倉庫の扉に手をかけた。嫌な予感を感じて澪がテレポートして男を止めようとするが、一向に身体がテレポートしてくれない。
「なんで!?」
「澪、どうしたの?」
「力が、使えない!」
変な挑発に乗らずにテレポートすればよかったのか、と澪が唇を噛むと、倉庫の中に彼女たちの背丈ほどもある大型の機械が設置されているのが見えた。カズラはそれに近いものを何度も見た気がして、すぐに自分の手を木質化させようとしたが、何度試してみてもそこには普段と同じ血肉の通った自分の手があるだけだった。
「ECM……!」
「騙したわね、あんたたち!」
「悪いね。これも俺達の小遣い稼ぎでさ。金の受け渡しを阻止しろって。にしてもまさかこんなかわいこちゃんが二人で来るとは思わなかったな」
てんでバラバラに時を過ごしていたかのように見えた少年達が、じりじりと澪とカズラを囲みこむ。
「どうしよう……」
「アタッシュケースを投げ捨てるから、その隙に逃げよう!」
周囲の人間には伝わらないように日本語でカズラが澪に話しながらアタッシュケースを振り回そうとした時。
急に目の前に一つの人影が現れた。
「テレポーター?!」
「まさか、ECMは作動してるぞ!?」
澪とカズラには心当たりがあった。ECMが稼働していても普通に能力を使える人間。黒い学生服に身を包み、銀色の髪をなびかせた後ろ姿は、間違えようもない彼女たちのボス――兵部だった。そして両脇に葉と真木を従えている。
「大丈夫かい、澪、カズラ」
そう良いながら二人を抱き寄せ、無事を確認するとすぐに離す。
そして少年達のうちの一人、銃を構えた少年に近寄る。と、少年が顔を強張らせながらも兵部に発砲する。
パン!
破裂音に澪が肩をすくめたが、兵部は平気な顔をしている。弾は兵部の手前30センチのところで止まっていた。驚いた少年が銃を取り落とすと、その腕を掴んで捻り上げる。
「いてててっ!」
その間に他の少年達は葉の超音波と真木の炭素繊維とで動きを封じられていた。
「なるほど、君たちに受け渡し阻害の依頼をした人物は君たち自身も知らないわけか――まぁ予想はつくけど。この場はこれで――」
これ、と言うと同時に澪とカズラ、そして兵部を中心に周囲に雷が放たれた。少年達が全員ばたばたと意識を失って倒れていく。真木は直前で少年達への拘束を解いたらしく雷の影響を受けてはいない。
「もう大丈夫」
振り返ると、雷光のまぶしさに目を瞬かせていた澪とカズラに兵部がにっこりと微笑みかける。
「二人は先に戻ってて。僕はこれからちょっと」
言いながら兵部はECMに手をかける。少しの間瞑目していたが、その目を開くと同時にECMは粉々に吹き飛んだ。
「この舞台を用意した大本のところに行ってくるから」
「そんな、少佐」
「一人じゃ危険だって、ジジイ!――って、行っちゃった」
真木と葉が引き留める間もあらばこそ、兵部はその姿を霞ませたかと思うと一瞬後には消え去ってしまった。
「少佐……」
澪とカズラの足下にはアタッシュケースが落ちている。葉がそれを拾うと、澪とカズラの夢見るような声が降ってきた。
「さすが、少佐よね」
「うん、とっても素敵だった!」
二人で手を取りあい、飛び上がってはしゃぎだす。
「やれやれ。間一髪だったというのに」
「つーか俺達も助けに来たんスけどね、一応。少しは感謝してもらってもいいと思うんだけど」
「王子様というガラでもあるまい。あとは少佐に任せておけばいいだろう――戻るぞ、澪、カズラ」
「はい」
「すぐ行くよ!」
二人がたしかについてくるのを確認しながら、葉も真木もわかっていた。兵部は怒っている。澪とカズラを危険にさらした黒幕と、その任務を命じた自分に対して。
だから有無を言わさず一人で行ってしまったのだ。
「今日は少し荒れるかもしれないがな」
「憂鬱っスねー。ま、戻ってからのことは紅葉に任せましょう」
「それがいいな」
二人で今後の作品を練りながら、カズラと澪を連れて一同はその場を後にした。
<終>
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題材[霞んだ,十字架,抱き寄せる,すぐ行くよ]ボーイ・ミーツ・ガールでやってみよう!
ボーイ(少佐)ミーツ・ガール(澪・カズラ)ということで・・・カガリとパティではなく少佐に逃げたのはその方が楽だったからですすみません。