■無自覚な恋人 hotel stay■
深夜になっても街明かりに照らされた雲は重く垂れ込み今にも雨粒を落としてきそうだ。
真木はバンガローではなくホテルを準備した自分の判断は正しかったと納得する。そこに割り込んできた声が言うには。
「僕はテントやバンガローのほうがよかったのに」
「何を言いますか」
真木にしてみればテントなど兵部の宿として相応しくない。
安っぽいとかそういうのではなく、こういった山あいは朝晩の寒暖の差が激しいのだ。近頃何かあるたびに発熱しがちな兵部の体には良くない。
「そういう事は、熱を下げてから言ってください」
事実兵部は出先で微熱を出して急遽手配したホテルのベッドに今も横たわっている状態だ。真木の心配をよそに兵部はその状態から体を起こしてベッドに座り直す。
「だってホテルの部屋からじゃ星も見えないし」
「星が見たいなら連れていきますから」
星が見たい、などと言って芝生で寝ころんだまま眠りこけたりしていたのは、もう遠い昔、真木がまだ少年だった頃の話で、当時は兵部の体調なんて気にしたこともなかった。だが少なくとも今の兵部にはそれはさせられない。
「見張りつきかい?」
「嫌ならホテルでじっとしていてください」
ため息がてら告げた真木を、兵部が正面から見つめている。
「……?」
「真木の意地悪」
「はい?」
「こんな曇り空で星なんか見れるわけないじゃないか」
「それはまあ……そうですが」
そして一転して笑顔になると。
「ってことで、今度真木が仕切り直しで星空を見る会を実施すること」
「はいはい」
その位ならお安いご用というやつだ。すると兵部は何故かご機嫌斜めな口調で真木に食いついてくる。
「君ってさ、楽しいわけ?僕のこと何から何まで心配して、言われたことハイハイってこなしててさ」
何を言うかと思えば。真木は兵部の目を見つめかえして答える。
「どんな星座を見つめている時より、貴方を見ているほうが俺は何倍も幸せですから」
――時々とんでもなくじゃじゃ馬ですけどね。という考えは表には出さずに答えると、兵部がそわそわと落ち着きがなくなる。よく見ると顔も紅い。
「どうしました?また熱が!?」
「あ、いやそうじゃない、そうじゃないよ。うん」
ぱたぱたと無意味に体の埃を払うようにしたかと思うと、前髪をかきあげては先端をつかんで均している。
「少佐?」
「何でもないってば!恥ずかしい奴だな、まったく!」
「え?」
「僕はもう寝る!」
「え、え??」
大声で叫んだかと思うと兵部は真木に背を向けて布団に入ってしまった。
「しょう、さ?」
「それから、僕から離れるのも禁止!」
何にそんな憤慨しているのかはさっぱりわからない真木だったが、今ここで兵部を置き去りにしたら痛い目にあうのだけは過去の経験から言って確かだったので、備え付けの椅子をベッドの脇に移動させるとそこに腰掛けた。
「……眠れそうですか、少佐?」
声をかけながら銀糸のような髪をゆっくりと撫でると、兵部は何も言わず、優しい沈黙だけが二人を包んでいた。
<終>
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お題:「深夜のホテル」で登場人物が「見つめる」、「星座」という単語を使ったお話を考えて下さい。
たまには兵部さんのほうがしてやられる展開というのもいいのではないかとか思ってみた。
読み終わったらぽちっとな。
お返事