■深海 deep blue■
映画館を出て、さぞかし映画の余韻に浸っているだろうと思いきや、別に悲恋ものでもないというのに隣を歩く真木の顔は晴れない。
「どうしたの、真木。面白くなかった?」
「ううん、そんなことない」
兵部が問いかけると真木がふるふると頭を左右に振る。大衆映画だが、それなりに楽しんで見ているように思えたのだが。
「なんだかうかない顔だねえ。時間が心配?」
「それは、ある。こんな時間に出歩いてていいのかなって」
兵部が広場の大時計を見ると、真木も同じものを見ている。
「君は今日で16歳になったんだ、もう大人さ。レイトショーくらい来てもいい頃だろ。それとも紅葉と葉が気になる?」
問いかけると真木はこくりと頷いた。
「なんか、二人に悪いなあって」
「子供は寝る時間さ。でももう君は子供じゃない」
真木が複雑そうに兵部の目を見てくる。
このまっすぐな瞳に、どれだけ救われただろうか。口に出しては言えないけれど。まして本人も気付いてはいないだろうけれど。
「せっかく二人きりなのに」
「え?」
兵部に言われたことがわからないらしい。目を大きく見開いて兵部を見る真木の背は、もう兵部を追い超してしまった。
「デートは嫌いかい?」
「そっ、そんなこと、ほとんどしたことないしっ!」
「今がデートの真っ最中じゃないか。それに不満でも?」
ますます意味がわからなくなってきたらしい真木は顔を僅かに染めながらも目を瞬かせる。
「僕と二人きりはつまらない?」
「そんなことないっ!」
昨日までの兵部なら、二人きり、という言い回しはしなかったろう。
けれど決めたのだ。
この子は僕のものだ。頬を紅潮させながら、デートという言葉と養い親であるところの兵部とを結びつけることもできないような純情な魂。それに触れたいと思う気持ちは、深海にあって身を潜める鯨が呼吸を求めるのにどこか似ている。
監獄にあっても、兵部を淡く照らす三つの魂。その長兄は今目の前で兵部の言葉を理解できずにいる。
「教えてあげるよ。真木」
兵部は真木に手を差し出す。真木はおずおずと手を伸ばし、手と手が触れ合った時、兵部はたとえようのない幸福感を感じていた。鯨が水面に揚がり肺いっぱいに空気を取り込む時のような。この空気なしでは生きていけないそれを、つかみ取った喜びだ。
「まだ夜は長いんだ――行こう」
手に入れる。もう離さない。
「君が僕に溺れるまで」
呟くように言った一言は真木の耳には届かず、真木は頬を染めながらも軽く首を傾げたけれど、兵部はその言葉を真木に告げることはなく、ただ夜の街へと真木を誘った。
<終>
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お題:「深夜の映画館」で登場人物が「溺れる」、「時計」という単語を使ったお話を考えて下さい。
私の脳内設定では真木さんが14,5歳くらいの時にはすでにできあがってる真木兵部ですが、たまにはこういうのも悪くないかなと書いてみました。真木さんを手に入れようと心を砕く兵部さんです。
いつも拍手&感想ありがとうございます~。