■体育着 Ride■
教室に入ると、先に教室に着いていたカガリが携帯で電話をかけていた。
「だからぁ、それがないと困るんだってば」
電話機の向こうでもなにやらまくし立てている気配が伝わってくる。口論というほどではないが、どうも友好的という訳でもないようだ。
「俺、プールの授業に出られないからその分普段の体育の授業真面目に受けないといけないわけ」
東野が入ってきたことに気付いて声を少しひそめる。
「なんだよ、ケチ――って、ああっ!!
悲鳴を上げたかと思うと耳から携帯電話を離してディスプレイを見つめる。
「切りやがった……」
呆然とした様子のカガリに、カズラは思わず声をかけてしまう。
「どうしたの、カガリ?」
「葉兄ィにさ、体育着届けてもらおーと思ったんだけど、眠いから嫌だって」
「メールにすればいいのに。携帯隠さないと、没収されるわよ?」
「ああ、そうだな」
カズラに言われてカガリはもそもそと慣れないメールを打つ。カズラがくすりと笑った。
「なに、カズラ?」
「仲いいなあと思って」
「はぁ?別にそんなんじゃねーよ。日がな一日ブラブラしてるのが葉兄ィだけだから仕方ないんだって」
「それはそうかもしれないけど……」
葉は特に中学校組の送迎をするようになってから、任務で留守にすることが少なくなった。朝夕の送迎はそれだけで結構な手間でもあるらしい。
「女同士もいいけど、男同士もいいよね」
「よかねーよ」
カガリと同様に携帯を取り出してメールを打ち始めたカズラの頭を、カガリがくしゃ、と毛の流れに逆らうように撫でた。
二時間目の途中――
「おい、校門前になんかすげー美人が立ってるぞ」
窓際に座っていた男子生徒がそんなことを言い出して、男性陣は浮き足だった。
「うあ、マジだ」
「なんだ?モデル?」
「背ぇ高っ」
授業中なので噂は密やかに、けれど確実にカガリの元にも届く。カガリの席からはあいにく校門は見えないので、休み時間になってからそ知らぬフリで校門を見ると。
「……紅葉ねーさん!?」
そこに立っているのは見知った人影だった。
咄嗟に澪を見ると自分は知らないとばかりに首を振っている。パティも特に興味なさそうだ。そしてカズラが、口に手を当てて笑いをかみ殺している。
「カズラ、何の真似だ?」
「さあ。行ってみれば分かるんじゃない?」
それ以上何も言おうとしないカズラを置いて、カガリは教室を飛び出した。
「紅葉ねーさん!」
「カガリ、よかった。ハイ」
そう言ってタンクバッグから袋を取り出す。中にはカガリの体操服が入っていた。
「どーなってんの。俺、葉兄ィに頼んだんだけど」
「葉に?アタシはカズラからメールをもらって届けに来たんだけど」
なるほど、とカガリは心中で頷く。
「ちゃんとカズラにお礼を言うのよ?」
そんな言葉を残して、紅葉はヘルメットを被ると校門の影に停めてあったヤマハYZF-R1に乗って颯爽と去っていった。
教室に戻ってカガリを迎えたのは男性陣からの質問責めだった。
「なんなんだよ、あの美人」
「すごかったなー。単車が似合う美人だったな」
「外人か?スタイル抜群だったじゃないか」
「ちょ、ちょっと待って」
男子生徒をかき分けてカガリはカズラの元にたどり着く。
「あー、ありがと。……助かった」
「どういたしまして」
カズラは葉よりも紅葉に頼んだ方が早いと踏んで、事情を説明したメールを送っていたのだった。
「なんつーか、お前の台詞じゃねーけど、女同士っていいな」
「そうよ」
フフンと不遜に笑うカズラに、かなわないなあと心の中で白旗を揚げるカガリだった。
<終>
-----
お題:「朝の教室」で登場人物が「電話する」、「メール」という単語を使ったお話を考えて下さい。
紅葉が中学に来たら話題になるのではないかと思ってこんな話を書いてみました。
YZF-R1はコンパクトなレーサーレプリカ。あこがれの一台であります。まぁ一番憧れてるのはCBR1000RR(ハードボイルダーのベース車両)なんだけど!アクセルオンでウィリー余裕です。っていうバイクが恋しい昨今。
いつも拍手コメントありがとうございます~。