■フレンチトースト French toast■
早朝。他に人影のない橋のたもとまでたどり着いた時、葉が唐突にしゃがみこんだ。
「もー駄目。歩けない」
「葉……」
紅葉は頭を抱えたい思いで額に手を当てて葉をたしなめる。
「船からスーパーまで、大した距離じゃなかったでしょう。あと少しよ」
「あと少しなら別にESPで飛んでもいーじゃん」
二人は買い出しにスーパーまで出てきていた。朝食用の準備ができていないからだ。その帰り道、葉が駄々をこねはじめたという所だ。
「たまには歩かないとなまるわよ、本当に」
「やだ、足だるい。疲れた」
目の前の末っ子は愚痴ばかりを口にする。常日頃超能力を使った方が楽だと嘯いて宙に浮いてばかりの葉に、たまには歩けと珍しく早起きをしていた兵部が告げた。真面目な話、いざというとき実際には足がなまっている、などというような有様では困るのだ。
「あたしも荷物手伝うから」
既に同じだけの量買い物袋を両手にぶら下げていたが、葉の分まで持とうとするとそれは嫌らしく、袋の取っ手を掴んで離そうとしない。
「やだ。俺が持つ」
「ならさっさと歩きなさい」
「それもやだ」
「葉……」
思わずため息をつく。
「どうしたいの?」
「浮いて帰りたい。ばびゅーんって飛んで。紅葉の瞬間移動でも可」
「それは駄目」
「じゃあフレンチトースト」
「何ですって?」
突然なんの脈絡もなく浮上してきた単語に紅葉は思わず問い返してしまった。
「フレンチトーストが食べたい。蜂蜜かけて」
甘党ではない葉がこういうことを言い出すのは珍しい。
たしかに、今日の朝食当番は紅葉で、メニューはどうするか考えていたところではあった。
「分かったわ、あたしが作るから」
「ホント?」
「あたしがいつ嘘をついたって言うの?」
育て親のような言い回しで葉に反論すると、葉はにんまりと笑う。
「わかった!フレンチトーストで決定!ちなみにひたひたに浸されたのが好みでーす」
「はいはい」
紅葉が頷くと、葉はしゃっきりと立ち上がり、紅葉の分も買い物袋を持って歩き出す。
「かえろ!早く!」
まるで子供のように元気を取り戻した葉にまぜっかえすのも面倒になって、紅葉は軽く息を吐く。が、頭の中ではフレンチトーストの材料と分量を思い出しながら、その思考が案外気分のいいもののように思えて、紅葉は軽い足取りで葉を追った。
<終>
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お題:「朝の橋」で登場人物が「約束する」、「蜂蜜」という単語を使ったお話を考えて下さい。
フレンチトースト食べたいなと思っていたらこんな感じに。なりました。ハニートーストでもよかったんだけど朝からアイスはなー。真木さんが止めそうだなーと。
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