■映画館 theatre■
欠伸をかみ殺した受付のスタッフから二人分の映画のチケットを買う。『残業が入ったから遅くなるから、駐車場のある……そうね、近くのシアターで映画でも見てて頂戴。終わった頃に行くわ』というクライアントの女性に勧められたままに映画館に入ったはいいが、この洋画のクレイ人形がドタバタ活躍する今夏一番の人気映画が兵部の好みかどうかは不明だ。
その兵部だが、クライアントに頼まれた通り板チョコレートの角を指で持って口元に当てて考え込んでいるふうだ。
「どうかしましたか?」
「いや、今回の仕事相手が指定してきた目印がさ、どうしてポップコーンとかコーラじゃないんだろう、ってつまんない事考えてた」
「ポップコーンだと、持ってる人間が沢山いるからじゃないですか」
現に今も女性の二人連れがひとつのポップコーンを持って劇場に入っていった。
「こちらの特徴は伝えてありますから、間違うことはないと思います。俺も会うのははじめてですが電話での連絡は何度もしていますので、声でわかるかと」
「まぁ荷物を渡すのはこっちの側だしね」
クライアントの正体はパンドラの某支部の連絡員。今度の任務に当たって少し特殊なECCMが欲しいということで、真木が持っているアタッシュケースに頼まれた仕様通りのECCMが入っている。
「他に指定は?」
「その……映画でも見てろ、ということでしたので、チケットを買ってきましたが」
嫌だとかめんどくさいとか言われるかとも思ったが、兵部はちらりと横目でチケットを見遣ると、特に何の感慨もなさげに真木に告げた。
「じゃあ、見るとするか」
映画は一言で言うと面白かった。当初は子供だましと思ったがなかなかどうして、大人でも楽しめると真木は見終わってから満足していた。
「面白かったね」
兵部がそう言うと、真木は思わず目を見開いてしまった。兵部が映画の感想など言うとは思えなかったし、そもそも本気で見ていたとも思っていなかった。それに我ながら情けないが、映画に夢中になってしまって隣の兵部のことをすっかり失念していた。
「なに、その顔。真木は面白くなかった?」
「まさか」
面白かった。最新の3D映像に息もつかせない展開と感動のラスト。だがテレビ番組などにもあまり興味のない兵部が楽しめたのかどうか。
「少佐は面白かったんですか?」
「面白かったさ。それとも疑ってる?」
「まさか。それこそ、まさかです」
ただ、面白いと思って映画を見る兵部の横顔を見られなかったことが今になって少し悔やまれるだけだ。
その時。
「お待たせしたわね」
三十代半ばと思われるスーツ姿に小さなバッグを携えたの女性が二人に話しかけてきた。きっちりと約束の時間だ。
「こちらこそご足労感謝する。さっそくだが、こちらが荷物だ」
真木は辺りに人がいないのを確認してからアタッシュケースに鍵をさし込んで開くと、女性に中身を確認させる。一通り機能や個数の説明を受けていた女性が頷くのを見て、鍵をかけ直してからアタッシュケースと鍵とを女性に手渡す。
「真木」
その時周囲を警戒していた兵部がチョコレートを胸ポケットにしまいながら告げてきた。
「はい?」
「荷物が重いだろう。車まで運んで差し上げろ。僕はここで待ってるから」
二人きりになって会話が途切れると、ついくだらないことを聞いてみたくなる。
「その、どうして目印がチョコレートだったのか聞いていいか?」
「ああ」
ちょっと上目遣いに微笑んでから女性は口に指を当てて話しはじめた。
「甘いじゃない?チョコレートって」
「まぁ」
「それに溶けるし」
「ですね」
「そこがいいと思わない?」
「はぁ」
「私、映画のようなバラ色の人生もいいと思うけど、チョコレートみたいな生き方っていいと思うのよね。甘くて甘くて、とろけてしまうような」
「そうですか……」
この女性は時々こういうようなことを言うのだ。そして真木が、言われていることがさっぱり理解できないという反応をしているのを見て満足そうに頷く(電話でも気配は伝わるものだ)のが常だった。
そして女性は少し悔しそうに小首を傾げながら真木に告げた。
「でも一番の理由は、学生服と黒スーツにポップコーンは似合わないと思ったのはいいけど、黒い食べ物ってチョコレートしか浮かばなかったからなの」
そういう理由か。しかしこの時の女性の仕草と発言に、どうもこの女性のことは理解できそうにはないが嫌いにもなれそうにないと思えた真木だった。
<終>
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お題:「深夜の映画館」で登場人物が「疑う」、「チョコレート」という単語を使ったお話を考えて下さい。
イカスミとかは勘弁してよ?というわけでお題の「チョコレート」の処理が難しかった!とても!!二人が見る映画を「ショコラ」にして無理矢理解決しようとも思ったけど、うーん。悩む・・・そんなわけで、明日も同じお題でもう一つ作ってみます!
拍手&感想ありがとうございますっ!