■増し増し mashimashi■
スーパー銭湯から路地裏を抜けた場所は人で溢れていた。
都内の某有名ラーメン店に並ぶ人の列である。
「ありゃー。やっぱ混んでんなぁ」
額に掌で庇を作って行列を眺める葉に同調して真木も頷く。
「湯冷めしてしまうんじゃないのか。どうしても行きたいのか、紅葉?」
「さめても行く!今日はここのラーメン食べるって決めてきたんだから」
紅葉が温泉セット片手に握り拳を作る。葉はやれやれ、という仕草をしてみせる。
「まー俺も腹減ってるしここのラーメンは好きだけどさ」
「こんな夜にまで人が並ぶとは……有名なのか?」
夜中、唐突にカタストロフィ号の風呂が壊れた。まだ風呂に入っていなかった葉と紅葉、そして真木はスーパー銭湯からの帰りに食事をしようということになったのだが。
「真木ちゃん知らないの?すっごく有名よ?」
三人で行列の最後尾につきながら、力強い紅葉の発言に、真木は何も知らないことを咎められたような気になる。
「どんな店なんだ?」
真木の目から見て、店内は狭く、座れるのはせいぜい10名程度と思われる。
「カウンターしかなくって、テーブルがべたべたしてて、狭くって、空気がピリピリしてて、会話できる余裕なんかない感じのお店よ」
「それはサービス業として破綻してるんじゃないのか」
「真木さんわかってねーな、ラーメン屋ってのはそういう店こそ旨いんだって」
「そうよねー」
葉と紅葉は既に心はその店のラーメンに奪われているらしい。そうこうしている間にも真木たちの後ろにも人の列が出来てくる。
「客層が面白いな。若い男と、せいぜいその連れが数組いるかどうかだな。紅葉はここにはよく来るのか?」
「うん。来るわよ」
「紅葉姐さん一人で?」
「一人よ」
「すげー」
「それは……」
行列からも伝わってくるこの店の雰囲気で、若い女性が一人でラーメンをすする姿というのはなかなか想像しづらかった。
葉は素直に感心しているし、真木もそれなりに驚いた。紅葉には悪いが。
「さすが紅葉というべきか」
「それは褒められてるのかしら?」
「褒めてないと思う……」
嘯いた葉を紅葉が睨み付けると、葉はわざとらしく咳払いをする。紅葉は目線を真木に移すとそうだ、と手を叩いた。
「それから、合言葉があるから」
「合言葉?」
「俺はいつもヤサイマシアブラ」
「は?」
葉が唱えた呪文の意味が分からず、真木は目を丸くする。
「ヤサイマシは野菜”増し”ね。アブラっていうのは背脂。ほかにも濃い口にするならカラメとか」
「……一見さんお断りなのか、この店は」
「普通がいいなら何も言わないって手もあるわよ。真木ちゃんは大人しく大盛りにしとけばいいと思うわよ?」
「俺も賛成」
「わかった。そうするとしよう」
どこか腑に落ちないものを感じながらも列に並び続ける。幸い湯冷めするより前に三人並んで席につけたため、紅葉が三人分まとめて買ったうちの「大盛り肉増し」と書かれた食券を持って真木は手元に目線を落とす。紅葉と葉は普通盛りらしく、店員が三人のメニューを聞きに来た。
「あたしはニンニクアブラカラメ」
「俺ヤサイマシアブラ」
「そちらのお客さんは」
店員の目線が真木に移ると、葉と紅葉がすかさず口を開いた。
「ニンニクマシマシヤサイマシマシ!」
「アブラカラメ!!」
「おい!?」
真木が慌てるも、よくある風景なのだろうか、店員は頷いて去っていく。
「お前たち……」
「まーまーちょっとニンニクと野菜が増えた程度だって」
「肉増し大盛りだとそれくらいがバランス取れていいわよー」
普段子供達に食事は残さないようにと言っている立場上、何が運ばれてこようと食べるしかないだろう。
葉と紅葉の視線に悪い予感しか感じない真木だったが、その予感は悲しいことに当たっていて。
この店の「普通盛り」が一般的な「大盛り」に値し、「マシマシ」がどれくらい「増し増し」なのかを知らない真木が運ばれてきたラーメンを見て目を白黒させるまで、あと数分後に迫っていた。
<終>
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お題:「夜の路地裏」で登場人物が「さめる」、「ラーメン」という単語を使ったお話を考えて下さい。
はい、モデルになったお店はラーメン二郎です。名古屋-大阪でもさんざんお世話になったかいじんさんと東京で一緒に行ったのでした。美味しかった!でもマシマシの呪文を唱えたことはないので実際どのくらいマシマシなのかはまだ知らなかったりするのですが。
寒くなってきたことだし、みんなラーメンが食べたくなる呪いにかかるといいと思うよ!
お返事