文化祭後の真木兵部。
■噂 check inn■
カタストロフィ号の自室で仕事を片づけ終わり、最期に残った廃棄用書類をゴミ箱に突っ込んでいる所に携帯電話が鳴った。
かけてきた相手を確認してハッとする。携帯電話を構えるわずかの時間ももどかしく、急いで通話ボタンを押すと相手の名を呼ぶ。
「少佐!?」
『何してるのさ、真木。早くおいでよ』
「はい?」
電話の向こうの兵部の言葉に、真木は思わず問い返す。
兵部は昨日の夜、多少手荒な交わりを強要してしまった真木のことを怒って、朝から姿が見えなかった……はずだ。朝から誰も姿を見ていないのだから本当は何故留守なのか知る者は誰もいないし、真木も罪悪感と心配な気持ちとで押しつぶされそうになりながら今日一日を自省しつつ大人しく過ごした。
それを、早く来いとはどういうことか。
「あの、怒ってないので?」
『何を』
「昨夜の夜の、です。てっきりしつこくしすぎて嫌われたかと」
『ああ、それ?』
まるで怒気のない様子の兵部の声音は、むしろ機嫌がいいような気さえする。
『全然、怒ってなんかいないよ。それより早く来なよ、今どこなのさ?』
「ええと、船ですが」
兵部が今更と言うのならそうなのだろう。その言葉は嘘ではなさそうで、そんなことより真木が「来ていない」ことのほうが気になってしょうがないという雰囲気ではある。が。
「どこに行けばいいので?」
『えー!?』
とたんに電話の向こうの声が不機嫌そうになる。
『嘘、真木が僕との約束を忘れるなんて』
「約束……?」
『文化祭が終わったら温泉に行きたいって言ってたじゃん』
そう言われれば、たしかに、今回の戦いが――文化祭が終われば温泉にでも行って一息つこう、なんて恋人じみた会話を交わした記憶はある。しかし文化祭は昨日で、昨日の夜は少し二人の間でごたごたして、今日はその翌日だ。昨日の戦いと一連の出来事で兵部はナーバスになったのかもしれないというのも、今日の昼間兵部を捜さず仕事に専念していた理由の一つだった。
「けど少佐、どこの温泉に行くかまでは相談してなかったはずですが……」
『へ?』
場所を指定せずに早く来い、などと言われてその場所まで瞬間移動するような能力も兵部の電話からその場所を特定する精神感応系の能力も真木にはない。逆に、両方を持つ兵部だからこそこうして先走るのかもしれないが。
『あれ?……そうだっけ……そうだったね』
「はい」
『わかったよ、迎えに行くから暫く待ってて』
プツリ、とあっけない音で兵部からの通話は途切れる。
真木はデスクの上のノートPCを専用のビジネスケースに収め、他の様々な道具類と着換えのたぐいをケースに押し込み、なお時間が余ったために身だしなみを整えていると、ようやく兵部が現れた。
「真木」
「はい」
電話越しではない、兵部が自分を呼ぶ声。これを聞き続けるためなら、自分は何だってするだろう。
「行くよ」
「はい。ですが、どこへ?」
「松島。もうチェックインしてるんだから、早く」
「宮城ですか?」
ずいぶん都心から見たら遠い場所を選んだものだ。いい宿の情報なども、流石に場所が宮城となれば真木も持っていない。
「場所も宿も、僕が選んだんだよ?不満かい?」
「いいえ」
ちっとも――そう言おうとした言葉は告げられることはなく、けれど兵部の笑顔が全て分かっていると言わんばかりにそこにある。
「あ、紅葉や葉に言っておかないと。少佐は今朝から行方不明なんですから」
「そんなの宿に着いてからでいいだろ」
「しかし、組織の長の不在が噂にでもなったら」
「その時は、君がどうかしてくれるんだろう?」
確かに何だってすると思ったばかりだが――戸惑う真木の腕を兵部が掴む。真木が慌てて荷物を手に取ると、次の瞬間には二人の姿は跡形もなく消え去っていた。
深夜の部屋に、煌々と灯った明かりだけを残して。
<終>
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お題:「深夜の旅先」で登場人物が「選ぶ」、「噂」という単語を使ったお話を考えて下さい。
えー、文化祭の終わった日の夜については本誌の思わせぶりな真木さんのカットから少佐のぷいっとしちゃう顔から、あんな妄想こんな妄想いっぱいあるけど、それについては機会がありましたら、ということで、今回はその翌日の話でした。
「電話している少佐」が無性に書きたかったのでした。
いつもありがとうございます♪